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異人たちとの夏

午前中、雨が降らないうちにと投票をすませ
帰ってきてから12時のニュースをみると、
関東では私の住む県の投票率がいちばん低いとか。
棄権も意思表示のひとつとはいえ
やはり小さな一票も、大切にしないとね。
雨が降ってきた関東地方、結果に影響するのでしょうか。

そんな8月も明日でおしまいですが、その夏がまだ始まったばかり、ちょうど梅雨明け宣言の頃、
夫が職場の暑気払いで当ててきたチケットで、実にひさしぶりにお芝居をみてきました。
シアタークリエという劇場で、題名は「異人たちとの夏」。
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山田太一原作の小説をもとにしたお話で、
ひとつのセットの中で、二つの場面を交互に展開させていくシンプルな舞台構成。

主人公は48歳の社会的には成功をおさめているシナリオライター、
ただそんな日々と引き換えのように結婚生活は破綻し、虚無感にさいなまれることもある。
そんな夏、ふとしたことから
12歳の時に交通事故でなくなった年若い頃の両親そっくりの夫婦と出逢い、
なくしたはずの両親とのあたたかな時間をとりもどしたように癒されていく主人公、
だけど、その人たちは・・というお話。
ここに新しく出会った恋人がからみ、結末は少しホラーめいて怖い部分もあるのですが
私はそういうたぐいのお話というよりは、親子の情愛をしみじみと感じさせてくれる
お伽噺、あるいは一編の詩のように思いました。
もともとは小説であり、映画も作られたのですが、親子の情愛という意味では
お芝居がいちばんその雰囲気を作り出しているように思えました。


殺風景な都会の夜の仕事場と対照的な、
蝉しぐれと風鈴の音がするアパートの一部屋でのシーン。
小さな子供に戻ったように甘え癒されていく主人公、
観ている私もやさしい気持ちにさせてくれます。

劇場で売っていた文庫の小説も買ってしまいました。
小説からの抜粋。

子供の頃、強行軍の遠足から帰って日本軍の雑嚢で母が造ったランドセルをそこらにほおり、シャツも靴下も脱ぎ捨てて畳にころがり、すべての身構えや警戒心を解いて、夕食の支度をする母の後姿を見ながら、うとうとしてしまう。それに似た快い感覚が、あの夜の私の内部を満たしていた。

もう両親と別れて40年近くたった主人公だけど
48歳になっても心安らいだその時を恋しく思いそんな時間に癒されていく。
また心ならずも幼い頃に死に別れ、
残した子がいくつになっても気がかりな親の想い。

私がここで母のことを書いている気持ちと、どこか重なりました。
あまりにも時を経たから、こんな気持ちで思い出すことができるというのもあるでしょう。
母がなくなった当時は、思い出したくないほどつらいこともあったけど、
不思議と今はやさしい気持ちで、思いだすことの方が多く、
そんな昔のことを反すうしては、癒されていく自分があります。

小説にはないのですが、
お芝居の中でちょうど物語の最後のシーンに、主人公が言った言葉に
「思い出す時、その人はそこにいる」
そんな言葉があったように記憶しています。

この少し前に、悼む人をちょうど読み終えたばかりだったので、
その話とも重なる言葉だと思い印象に残っています。

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悼む人の中で、主人公は見ず知らずの亡くなった人たちのことを胸に刻み
忘れないようにと悼んで歩きます。
現実では不可能であり、ナンセンスとも思える行動だけど
小説の中にちょうどたった一人の大切な息子をいじめによって亡くしてしまった夫婦が
悼む人に出逢い、息子のことを、思いのたけをきいてもらう場面があります。
こんなに優しい子だったんですよ、こんなにいい子だったんです・・
そんな話をただうなづいてきいてくれることで
ささくれだった気持ちが解きほぐされていく。
悼むということは、忘れないということなのかもしれません、
それはたぶん生きている人の気持ちなのでしょうが、
思い出す時、風になり、花になりして大切な人はそこにいてくれる、
そう思ったほうがやさしい気持ちになるような気がします。


異人たちとの夏、
両親とすごしたはずのアパートは跡形もなく
ただ夏草が生い茂るばかりの空き地に立って
主人公はひと夏の甘美で切ない両親との日々を想います。

「あんたをね、自慢に思ってるよ」
「そうとも、自分をいじめることはねえ、手前で手前を大事にしなくて誰が大事にするもんか」


下町言葉の父と母が別れ際に残した言葉を、
あたたかいその響きを反すうしていたのかもしれません。

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ずっと書こうと思っていた、夏の終わりのかけこみ感想文でした。
by kisaragi87 | 2009-08-30 16:17 | 日々雑感
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