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霜月つれづれ

霜月の夜長、山盛り届いていた内職も片付けて、
今夜はみんな遅帰り。
たまのひとりの夜を満喫しつつ、
やれやれと美味しいお酒をちょっぴりいただきながら、昔々のお話でもしましょう。

夫と出会う前に結婚すると思っていた人とつきあっていたころ、
デートを始めてじきに、
どうしても前から行ってみたかったところがあるんだ、でもひとりじゃ入りずらかったから。
そう言われて連れていかれたのが、ジャズのきけるスナック。
ジャズバーとか、ジャズ喫茶というのはあっても、
ジャズスナックというのはあるのだろうか。
でも、そんな呼び方が似合う小さなカウンターと、テーブルが3つくらいのこじんまりとした店、
恋人と私のいる町のちょうど中間にある小さな駅のそばにありました。

カウンターの中にはその時の自分よりたぶん10歳くらい年上だろうと思われる
30代半ばくらいの女性がひとりいました。
気さくでほがらか、笑顔がかわいくて、今でいうなら女優の小林聡美似。
何度か通ううちにジャスをききたいお客さんのじゃまにはならないほどの会話を交わすようになっていました。

お客さんは、中年のおじさんが多かったような、
でもみんなジャズが好きで、そこでお酒をのみながら、簡単な食事もできる、
東京のおしゃれなバーとは違うけれど、
仕事帰りに赤ちょうちんに寄るみたいに、
ふらっと気軽に寄れるジャズ好きのためのお店という感じでした。

(文化祭の帰りに遭遇した、色だけ昔々の復刻版の山手線です、走っているのは一台きり)

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すっかり顔なじみになった頃、彼が出向で少し離れた都市に一人暮らしになり
遠距離恋愛といえばちょっとロマンチックだけど、会う機会はかなり減ってしまいました。
デートのないウィークデイの夜、まっすぐに帰るのがなんとなく気が進まない時に
思い切って初めてひとりでお店に行ってみました。

ひとりでカウンターに座ると、
「あら、ひとりなんてめずらしいよね、待ち合わせ?」
そう訊かれたので、違うと答えると、びっくりしたように目を丸くされたけれど
この頃ちっとも会えないことや、まっすぐに帰りたくないことなんかをぽろっと話したら、
そっかそっかという顔で話し相手になってくれたのです。
そんなことがあってから、父と祖母の待つ家にまっすぐ帰るのが気の重い日は、
ごめんね、と心の中でつぶやいて、
足はそのお店に向かってしまうこともありました。
そこはひとときの異空間でした。

私はけしてジャズに詳しいわけじゃないけれど
二十歳になってすぐにたまたま初めて買ったのがヘレン・メリルのLP。
彼女のスモーキーな声とサックスやトランペットの音色に惹かれ
それからは、ちょっときいていいなと思った曲や歌い手のレコードも
ポツポツと買うようになりました。
またジャズにかかわらず好きと思った音楽は手当たり次第という感じで、
女性ヴォーカルに夢中になった時代もあり、
キャロル・キング、リンダ・ロンシュタット、カーラ・ボノフなどもよくききました。


ひとりで時々通ううちにすっかり打ち解け
お店の忙しいときはカウンターの中に入って手伝ったり、
ママが足りないものを買い物に行くときは、
ひとりでカウンターの中でお客さんの相手をしたこともありました。

「カティーサークをダブルで」
ある小説に出てくる私の憧れたフレーズ。
でも、ついにこの注文はできないまま
結局それから一年もしないうちに恋人とも別れ、
思い出の店からも足が遠のいてしまいました。

あの店はあれからどうなっているのだろうと、たまに思うことがあります。
とっくの昔になくなっているような気もするし、
もしかしたら、60代になったママが
いい感じに歳をかさねてカウンターの中に今もいるのかもしれません。

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秋が深まり、ジャズをきくと、
あのころの自分や、家で待っていた父や祖母とセットになってあの店を思い出すのです。
by kisaragi87 | 2009-11-06 21:10 | 思い出ぽろり
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