夢を運んだ北斗星

日曜日、読売新聞の日曜版に、懐かしい人の顔がありました。
水彩色鉛筆画家の鈴木周作氏


鈴木氏との出会いは、今から8年前のこと。
1999年の8月、我が家は父親も連れて、北海道へ旅行をしました。
北海道は両親の生まれ故郷
子供たちも、じきに親と一緒に旅行もしなくなっていくだろうし、
父親もじきに80代を迎える頃で、
家族そろって、でかけることも叶わなくなるはず。
そこで夫の母が暑いさなかだけお世話になる老健に入っているあいだに
思い切って、でかけたのがこの時の札幌行きでした。

父の兄弟は8人、だけどこの時健在だったのは、
東京にいる末の妹の叔母をのぞけば、
札幌に住む父の兄にあたる伯父と、輪厚で小さな牧場を営む叔父の二人のみ。
最初は家を全員で空けることをしぶり、自分は留守番をするからと言い張っていた父でしたが
この翌年には伯父が亡くなっていることを思えば
無理にでも連れ出して、この時札幌で伯父とも会えたことは、
父にとっても、とても思い出深いものとなったはずです。
そして一度は北斗星、いつかは北斗星という夢も一緒に叶えてしまえと
清水の舞台から飛び降りた気になって、でかけた思い出の旅行だったのです。



その北斗星の中でのこと
夕食後、せっかくだからと、ラウンジにでかけたとき
そこに黙々と絵を描く青年がいたのです。
思わず覗き込んで、挨拶をしていました。
その人が、水彩色鉛筆画家の鈴木周作氏だったのです。

当時は独学で学んだ水彩色鉛筆画を、札幌や東京の画廊やカフェでの常設展で展示し
ちょうど本格的な活動を始めたばかりの、20代半ばくらいの頃だったと思います。
色々な話を聞きながら、ちょうど翌日向かう小樽の「オールドポート」という喫茶店で
常設展をしているから、よかったら行ってみてほしいと話してくれました。

この年の夏は、北海道が記録的な暑さということで、レールも曲がるという猛暑、
着いた小樽もうだるような暑さ、かげろうに霞みそうな炎天下のなか
訪ねたオールドポートで、彼の作品たちに会うことができました。

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暑さにゆだっている、父と、こどもたち(小樽運河にて、当時の写真から)



雨に霞む運河や、北海道の鉄道や駅舎が描かれた風景は
どこか優しげで、懐かしく
すらりとした長身の、物腰の静かな鈴木氏の雰囲気そのままでした。

それからしばらくは、年賀状なども出して、
東京の伊東屋で個展があると知らせをうけたときは、でかけてみたりしていたのですが
念願の札幌移住も叶え、活躍の場もどんどん広がっていったようで
なんとなくお目にかかる機会もないまま時が過ぎていたのですが
この日曜版で、ひさびさに元気な様子をみて、とても嬉しくなりました。


北斗星で出会った頃は、まだ志の途中、サラリーマン生活と両立をさせながら
夢の絵を描きかけているさなかだったのかもしれません。

新聞によれば、学校の授業以外では鉛筆に触ったこともなかったとか
そんな彼が色鉛筆画家になったきっかけは旅だったというのです。
20歳で東京のソフトウェア会社につとめ始めた頃、ふと週末に乗った寝台列車
そこで、一晩で風景が一変することの新鮮さや魅力にはまり
気づいたら北斗星に280回も乗っていたとのこと、
最初はカメラを持ち歩いていたけれど、機材が重く、その時に出会ったのが
12色の水彩色鉛筆、それ以来水彩色鉛筆がに惹かれ
本業のかたわら、睡眠時間を3時間にして、のめりこんでしまったらしいのです。

北海道が大好きで、北海道に魅せられて、とうとう夢を実現させてしまった彼の頑張り
好きでもなかなかそこまでやりきれるものではないだろうと思うとき
北斗星で一心に絵を描いていた、20代の彼の姿が浮かんできます。
夜空の下、北へ向けてlひた走る北斗星。
280回も夢をのせた寝台列車が走ったのだと思うと、
なんともロマンチックな気持ちになるのです。 走れ、北斗星!


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鈴木氏の卓上カレンダーから
左上から、横へ、恵比島駅、塘路駅、釧路湿原駅、
恵比島駅、美瑛駅、北浜駅

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by kisaragi87 | 2007-07-18 06:52 | 旅・散策
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