天女(まごごろ)の像

幼い頃私の住む埼玉県の端っこ、東京のすぐお隣からは、
なぜか「日本橋三越前」行きの路線バスが出ていました。
JRのが充実してからは、
そして渋滞地獄になってしまった今の東京では考えられないことなのですが
渋滞のまだ無かった時代、
首都高も通らずに、まっすぐ埼玉から東京を走りぬけるバスがあったのです。

まだ都電もあちこちを走る、のんびりとしたよき時代。
バスには、必ず車掌さんがいて、首に提げたカバンから
乗車券をパチンと切るハサミを出して、座席をまわって歩いていました。
たぶんボンネットバスだったはず
たまのおでかけは、たいがいこんなバスで行く、池袋のデパートだったけど
ほんの時々、そのバスの行き先が「日本橋三越前」になるのです
そしてその時に、必ず会ってくる天女がいました。

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もう2ヶ月ほども前のこと、見るともなしにつけていたテレビに
とつぜんみおぼえのある映像が映し出されました。

ああ、これ!そうだ、あの天女。

懐かしさでいっぱいになりながら、食入るようにその天女に見入ってしまいました。
その番組、「この人この世界・籔内佐斗司・ほとけさまが教えてくれた“天女・ゲテモノにあらず・佐藤朝山”」 というもの。

佐藤朝山、近代以降の彫刻界の奇才ともいえるこの人は、
寺社建築に装飾彫刻を施す「宮彫り(みやぼり)」の家の三男として
1888年に福島県に生まれています。
佐藤朝山の人となりと、作品については、私がこと細かく説明するよりも
こちらでとても詳しく、興味深く紹介されていますので、よかったら読んでみてください。
この天女とはまた違った、小さくて繊細な木彫もあるので、作品だけでもご覧いただければと思います。

そして、このテレビでの再会いらい、どうしてもまた本物が見たいと思っていたのですが
なかなか出かけるチャンスがなく、先日、やっと立ち寄ることができました。
東京メトロの「三越前」に降り立ったときから、もうわくわく、
たぶんこの像を見るのは何十年ぶりのこと
そして一番最初に出会ったのは、ほんの小さな子ども、
いや、よちよち歩きの頃だったはずです。

日本橋三越は、建物そのものが東京都選定歴史的建造物に指定されているくらい
クラシックでレトロなデパート。
繁華街にある、私がよくでかけるデパートとは雰囲気が違っていました。

一階フロアにあがり、あ、あそこらへんかな?
あった、あった! 
わかりにくいかもしれませんが、真ん中あたりにいるのが天女、
そして周りには、めらめらと何とも表現しがたいものが取り囲んでいるのです。
これは、天女が瑞雲に包まれて今まさに花心に舞降りんとする瞬間を表現しているそうです。

佐藤朝山作(実際は佐藤玄玄と名乗るようになってからの作品)
「天女(まごころ)の像」
天女と書いて、なぜか、まごころと読ませるらしく
構想の段階では「技芸天」と呼ばれていたようですが、いつのころから「天女」になり、
最後には玄々自身によって「まごころ」とふりがなを打たれるようになったとのこと。

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この天女が立つところは、ちょうど化粧品売り場のショーケースが並ぶ一角、
昔は、この像の下あたりが、ずっと広いフロアになっていて、その前には
この像を見上げる人がいつもいたはずだったのに・・・
私の記憶違いかもしれないけれど、今はそのまん前に立つと
化粧品を買いにきたと勘違いされそう(笑)

ちょっと落ち着つかないので、一枚だけ撮ってから
吹き抜けになっている、2階の回廊にあがってみました。
そしてこれが天女の裏側、あまり変わらない?
でも、吹き抜けや、下を歩く人から、どれだけ大きな像かということがわかるでしょうか。
デパートのど真ん中に、こんな像があるのですから、ちょっとした驚きです。

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ちなみに天井はこんな感じ、レトロです。

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この天女は、三越の創立50周年記念事業のひとつとして建立されたもので、
佐藤朝山が約10年をかけて完成させたものですが、
最初に公開された時には、この天女かなり異様なものに見られたようで
ゲテモノという人も多くいたそうです。
今風に言うならキッチュ。

確かに幼い頃、何度か目にしたこの天女、私の中でも強烈な印象があったらしく
幼心に一番目に焼きついているのは、反り返る指先でした。
最初は怖くて後ずさりしたのかもしれません、
でもなぜかその大きく見開かれた目や顔の表情と、
くるんと上に向いて反り返る指先だけはくっきりと記憶に焼きついていたのです。

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この「天女の像」の破天荒なまでの豪華さは、日光東照宮に通じるものがあり
宮彫り師として大輪の花を咲かせた、朝山芸術の集大成といえるものだそうです。
とはいえ、東照宮同様、けばけばしさと
60年代以降の観念的な美術がもてはやされる時代背景もあり、
この作品は無視され続けたと言われています、
朝山は、この作品が完成した3年後に亡くなっているので、
まさに遺作のようなものだったのでしょう。


この像を仏さまと呼ぶのかどうかは難しいところでしょうが
ルーツが技芸天となると、私とのご縁もどこかであったのかもしれません。
幼い頃から魅入られてしまった天女は半世紀近くもここで何を見てきたのでしょう。
そして天女と書いて、なぜまごころと読ませるのか、そこが知りたいのだけど
本人のみぞ知る謎ということなのでしょうか。

こんな優しい表情も好き。

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「木花咲耶姫」(1922)
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by kisaragi87 | 2007-07-28 09:31 | 旅・散策
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