静内の桜、いつかきっと見たいと思っていたその桜を
さくらの想いという記事で見せていただきました。 marronwさん、ありがとう! その写真をみながら、 幼かった母が、その下を歩いている姿が見えるような気がして 胸がいっぱいになりました。 母や祖母からは、ほとんど話もきけなかった、静内での日々。 しかし、母が父親をなくすまでのわずか12年あまりを過した静内での月日は、 母にとって、両親とすごした穏やかで、しあわせな日々だったはずです。 断片的にきいた話の中から、わずかに残る記憶は、 怪我をするといけないからと、スケートの代わりに買ってくれたという雪スケートのこと、 クリスマスの夜に、教会まで歩く道すがら、 雪でつくった灯篭にともる蝋燭の火影が美しかったこと。 そんなきれぎれの映像がうかび、どれもやさしい思い出のシーンに見えます。 だからこの桜の下を歩く母も、きっと笑顔だったと思えるのです。 そしていちばん感動したのは ここで咲く桜は、ほとんどがエゾヤマ桜だということ。 それをきいて、なぜか不思議な気持ちになりました。 サクさんからも、北海道では山桜が多いときいてはいたのですが、 静内の桜もやはり、山桜だったのです。 なぜに、私がこれほどまでに山桜に心惹かれるのか・・ なんだかその謎解きがされたようで、不思議な気持ちになりました。 山桜追想でも書いた祖父のこと、 その姿と、山桜を重ねて見たことは、あながち偶然ばかりではなかったように思えてきます。 遠い記憶の中で、母や祖父母が見ていた桜がよんでいるのかもしれません。 静内のエゾヤマ桜は、私がこころ惹かれた山桜より、 なおいっそうかざらず、清々しくも、あたたかくも見えます、 いつかこの季節、その地を訪ねることがあれば、 ブログを始めずにいた頃より、いっそう想いが深くなることでしょう。 母恋いから、ここへたどりついたようにも思えるご縁、 そんなさくらの想いを届けてくださったmarronwさん、あらためてありがとうございました。 写真は、3月末に私が撮った山桜です。
by kisaragi87
| 2008-05-06 18:55
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