カテゴリ:旅・散策( 55 )

卒業 桜の頃

一昨日は娘の大学の卒業式でした。
一晩中友達とすごして帰らなかったので、
昨日の晩に娘の好きなものを作ってお祝いしました。
式も最初は行くつもりがなかったのですが、先日泊まりにきた娘の友達数人から
え~行かないんですか?
最後ですよ、見に来てください!そう言われ、
4年間よく頑張ったなと思ったら、あれこれ思い出され
やっぱり行ってみよう、そう思い直して仕事の休みをもらいました。
朝起きてきた時、今日で最後なんだよね大学生、と言った娘、
おめでとうって抱きしめた22歳の春。
c0114872_0105653.jpg

晴れやかな日を迎えたおおぜいの卒業生の中、
先に着いていた娘の姿をみつけ
もうそれだけでうるうるしてしまいました。
2月末に終わった塾の講師のアルバイトに続き、
先週末でコーヒーショップのバイトも終了、
アルバイト先の後輩、同期、先輩
それぞれから祝福の食事会や送別会を開いてもらって、
大学もアルバイトもすべて終了です。
両立させてよく頑張ったなと思うとまた涙。
これからは自分で決めた道にむかって模索が始まると思うけれど
きっと大丈夫、そう思います。

式が終わってごったがえす会場で、ちらっと娘に会ったあと
私は最寄り駅から20分ほどの市川に向かいました。
ホームのいちばん千葉寄りでね、そう約束していたのはまるちゃん。
一月に桜、じゃなかった佐倉に行った時に、いちど見てみたいのと言われていた桜。
それじゃ花の咲く頃にと約束していました。

その桜は
[PR]
by kisaragi87 | 2010-03-25 23:59 | 旅・散策

この旅終えて街に帰ろう

北海道旅行最終日。
毎朝早起きです、時間が惜しいというのもあるし、最後の約束があったから。
marronwさんからいただいた手織りのマフラーをリボン結びにしてコートをはおってみた、
私の好きな色を知っていたかのようなマフラー、とってもすてき♪
さぁ、出発。

超特急で札幌駅まで荷物を置きに行き、
約束の場所に駆けつけると
三越の角にはもうmarronwさんが待っていてくれました。
交差点の赤信号ももどかしく、手をふります。

初日にお会いしたとき、
行ってみたい喫茶店があるのだけど、どこだかわからなかったという話をしたら、
最終日にちょうど仕事が休みだから
きさらぎさんさえよければ一緒に行くけれどって申し出てくださった。
最終日はまだ予定も立てていなく、あけたままだったから私もよろこんで!
もうひとつ連れていってあげたいところもあるのよとmarronwさん。
宮の森美術館のマイケル・ケンナ写真展。
c0114872_1019154.jpg

ここで不思議にリンクした言葉に驚く。
というのも、マイケル・ケンナという写真家のことを知ったのが
ちょうど北海道行きの一週間ほど前のこと。
いつも読み逃げしているお気に入りのブログ、私の好みの風景写真が多く載せられていて
訪問をひそかな楽しみにしているのですが
その方のブログでマイケル・ケンナという言葉を目にし
気になって調べ、知ったばかりだったのです。
定期的に北海道を訪れその大地に惹かれて撮り続けている写真家。
まさに色々な糸が意図せずして繋がったかのような瞬間だったのです。

会館までに少し時間があるからとまたまた私のリクエストで北海道神宮へ。
平日冬の朝、人影も少なく、雪の積もった道を歩きました。
手を合わせて振り返る、

marronwさ~ん!
[PR]
by kisaragi87 | 2010-03-20 10:36 | 旅・散策

こころづくし

c0114872_19555442.jpg

[PR]
by kisaragi87 | 2010-03-19 19:58 | 旅・散策

ライラックの咲く頃

ライラック、またの名をリラ。
その花の咲く頃にいちど行ってみたいと思っていた札幌、
祖父母のところへ行くのはいつも夏や冬ばかりで、
いまだいちどもライラックの季節に街を歩いたことがありません。
そんな花をぜひ見に来て、その花の季節に会いましょうねと約束していた人がいます。

約束の季節とはちょっと違ってしまったけれど
やっと会うことができたよね、なすびさん。
一日の仕事を終えてからかけつけてくれたなすびさん、
地下鉄南北線の、すすきの5番出口。
目と目があって、すぐにわかりました。
わぁなすびさんだ、ほんもののなすびさんだ!
その話しかた、声、笑顔、どれもブログから受けた印象そのまま、
かざらないのにとびきりめんこくて、
すべてをやわらかくつつんでしまうような存在感。
ブログは裏切らない。

何も知らずに連れていってもらったお店は偶然にも私が昼間歩いた本籍地のすぐそば、
同じ北一条の二丁目違い。
子供の足でも5分とかからないところでしょう、
もしかしたら昔々お使いに行かされたあたりかもしれません。
そんな場所にある「つき灯り」、
その名前もやさしげで、通された個室ではすっかりくつろいでしまいました。
お酒はあまり飲めないのというなすびさんだけど
一杯だけビールにつきあってくれました。
ああ、美味しい!仕事の後のビールは美味しいよね。
話すことがいっぱいで、写真も撮らずにいたら
「パチってしなくていいの?」って。
うふふ、いつもパチってしてるものね、それじゃ遠慮なく。
北海道根室の開きホッケ!向こう側にはタチのお鍋♪
c0114872_2349372.jpg

「たち」というのは、marronwさんもコメントにくださったけれど、タラの白子のことです。
北海道ではそれを「たち」と言い、もちろん母も祖母もそうよんでいました。
なすびさんとも、そんな話もしたよね。
美味しいものがいっぱいだけど、それ以上に私を満たしてくれたのが
こうして向かいあって話せる時間。

いったい、どれくらいおしゃべりしたのだろう。
まだ話足りないねって、少し歩きました。
c0114872_23494364.jpg

出会ったばかりの頃の両親がよく待ち合わせたという時計台。
札幌というと時計台のイメージが強すぎて実際に見てがっかりする人も多いらしいのです。
でも私には父と母がデートを重ねた思い入れの場所、変わらずにここにいてくださいね。

まだ9時すぎだけどあちこち店じまいの地下街で
やっと閉店まぎわに滑り込んだドトールコーヒー。
ひとしきり話した頃、
あのぉ、閉店の時間なので・・
申し訳なさそうにお店のお嬢さん。

それじゃそろそろって、地下街を出てすすきのに向かう道すがら
なすびさんが立ち止まりました。
ここ、ちょっとだけ寄ってもいい?
私はいいけど、なすびさん明日のお仕事大丈夫?
うん、ちょっとだけ。
この店はなすびさんの思い出の店、場所は移転したとのことですが、
ここにどんな思い出があるのかな。
明かりを落とした店内には心地いい音楽と棚いっぱいのレコード。
私も昔通ったジャズのきけるお店でよく飲んだソルティドックが懐かしくて一杯だけ、
なすびさんはコーヒーを一杯。

なすびさんが私のブログに初めてコメントをくださったのは
祖母のことを書いた「鰊場育ち」でした。
どこからどうやってここへ来たかわかりませんが・・そう続き、
海の向こうに、増毛、雄冬連山が見えるのです。美しかったです。
そう書いてくださいました。
まさにこの旅で私は増毛(ましけ)に立ち、雄冬(おふゆ)を通ってきました。
なすびさんが小さな頃から見てきた風景が私の大切な場所でもあったのです。
お互いの大好きな記事のことも話しました。
遠くにいる友達のことも話しました、家族のことも話しました。

そして夢のような時間はすぎ名残り惜しいけれどさよならの時間。
すすきのの交差点で別れ際思わずなすびさんをぎゅっと抱きしめると、
なすびさんもぎゅってしてくれました。
通り過ぎる人が見ていたっけ。
さあ、振り返らないでいこうね、と笑顔で言うなすびさんに
うん、それじゃまたと私も笑顔。
ふたりとも振り返らず、なすびさんはふたたび地下鉄に
私はすすきのの近くにあるホテルに向かいました。
いつかライラックの咲く頃にまた来ようって思いながら。
[PR]
by kisaragi87 | 2010-03-16 23:57 | 旅・散策

想い人

早めに作ってもらった朝ごはんをいただいてから
7時半すぎに色々お世話になりましたと「ぼちぼちいこか増毛館」を出ました。
c0114872_22463137.jpg

町のバス待合所まで車で送ってくださったご主人、
バスが到着するまで一緒に待って、最後まで手を大きく振ってくれました。
さよなら、増毛、ありがとう。
c0114872_2247661.jpg

札幌へと走る高速バス、
今度は行きの深川を通って留萌に向かった内陸を通る道とは違い
海沿いを走るルートです。
雄冬岬を通る頃、ふたたび雪が激しく降ってきました。
この国道のなかった頃は、札幌から雄冬には往来不能
増毛からも冬は道も途絶え、船で行くしかなくて
その船も海が時化ればたちまり欠航、陸の孤島と言われたゆえんです。
c0114872_22473440.jpg

今はその雄冬岬を見ながら崖沿いに走ります。
しかし後からきいた話ではタクシーなどの運転のプロでさえ
冬季にこの道を走るのは怖いそうで、
たしかにめまぐるしく変わる天候の中、
海から吹きつける雪や風をうけての運転は神経がすりへることだろうと思います。
ただ、それだけに景色はみごと。
降ったりやんだりを繰り返しながら札幌到着は10時過ぎ、
行きのルートよりもだいぶ早く帰ってくることができました。
とりあえず荷物をコインロッカーに入れ、
職場の友達に頼まれたものや、留守番中の家族にとお土産を調達。

それから札幌の私の本籍があった場所へも一度行っておきたいと
札幌駅から昔の戸籍謄本を片手に交差点の○条○丁目を見ながら歩きます。
そしてみつけた本籍地、
なんと驚いたことに、そこには札幌テレビ。
c0114872_22481479.jpg

ほんとうにここなのだろうか、何度も所番地を確認するも間違いなし。
帰ってから調べてみたら、
札幌テレビは当初は札幌市中央区南1条西1丁目に所在していたが、
札幌オリンピックを翌年に控えた1971年に現在地(北1条西8丁目)に新築移転した。
と書かれたものがありました。
これでつじつまがあう。
以前の家から新琴似の新しい家に引っ越したのが私が小学生の頃、
きっと都市計画とかの都合で、立ち退きとなったのかもしれません。
たしかに札幌テレビの所在地には北1条西8丁目という、私の本籍が記載されています。
近くに北大の植物園や道庁、反対には大通り公園、
当時は周りにも民家がけっこう立ち並んでいたはずだけれど
ほんとうに恵まれた立地にあったのだと少し驚きました。


ずっと長距離バスや雪道の歩きとおし、
なんだか本籍地の確認をしたら、どっと疲れてしまい
とにかくゆっくり一休みしたくてたまりません。
どこかいい場所はないかあ、そんな店を探しながらしばらく歩いたけれど
そうだ、と思いついたのが先日友達から教えてもらったばかりのお店。

行ってみるとほんとうにいい雰囲気、
窓に向き合う外が見える席、静かでぼんやりするにはぴったりです。
隣に座った女性二人連れが控えめに語る北海道なまりのある話し声を心地よくききながら
しばらくぼーっ。

やっとひとごこちついたので、友達宛に葉書を書きました。
今回会えたらと最後まで迷い、
携帯に入れてきたパソコンのアドレスを北海道に着いてからも何度もみて迷いました。
北海道には想い人がいすぎます。
みんなに手紙を書きたいな。
そんな想いも一緒くたにして、増毛で買ってきた葉書に短い言葉を書きました。

c0114872_22485386.jpg

そしてこの夜はリラの咲く頃に会いましょうと約束していた友達に会いに行ったのです。
[PR]
by kisaragi87 | 2010-03-14 23:00 | 旅・散策

増毛 その三 ありがとう

宿にもどってから中のお風呂は寒すぎるからと海の見える温泉まで送ってもらい
すっかり温まってから再びご主人の迎えの車にのると
奥さんのお友達が増毛元陣屋の学芸員さんをされているとのことで
その方に連絡をとってくださり、今から会えるという話がついていました。
わざわざ私のために元陣屋をあけてくださるとのこと、感謝感激。
戻って祖母の両親の名前が載った資料を取り、
風呂上りすっぴんのままその足で増毛元陣屋までまた車で向かいます。

迎えてくださったのは学芸員のO氏。
いつもは保管してある貴重な資料まで出して見せてくださいました。
国稀さんできいた浜を区切って年毎に買うという話を
実際資料として残してあるものも見せていただきました。
実物の公開はできないので、仮にどんな感じかというと。
c0114872_1665254.jpg

浜のその年に買い取った場所に各網元の名前が記載され、
下には網本の屋号と名前が一覧表になっているのです。

祖母の書いた一文から、

南風とは、別名だし風といって、
南風吹くようになりますと
根雪もどんどんとけて鰊をとる支度で忙しくなります。
大勢の若者や外で働く人方に拍子木をたたいて食事の知らせをします。
この時、となりの鰊場で鳴る拍子木に負けないように大きな音で知らせるのです。


ここに書かれている
「となりの鰊場で鳴る拍子木」という言葉と情景
今ひとつ隣の鰊場という言葉がわかりにくかったのですが
この資料によって納得し、よりいっそう鮮やかに目に浮かぶようになりました。

しかしながら、残された名前も資料も昭和のものばかり。
そしてその浜の買い取りも私の生まれた昭和30年代を最後に途絶えています。
30年代になってとうとう鰊がほとんど獲れなくなり
浜の買い取り制度もなくなってしまったそうなのです。

せめて昭和の時代の後継者がいたのか、
誰か一人の名前だけでもわかれば手がかりになったかもしれないのだけど
実家の姉妹と仲たがいのような形で家を出た祖母からは、
その後の吉田家の詳しい話はきかされたことがありませんでした。
そんな複雑な経緯は「握手」に書いたことがあります。

けっきょく祖母につながる糸口はみつからなかったけれど
私のために動いてくださった増毛館の奥さんやご主人
そしてO氏に国稀酒造さん、そんな増毛の方々の気持ちが心底あたたかくて
やっぱり来てよかったという思いが深くなりました。
増毛はアイヌ語のマシケイ、カモメの集まるところからきた地名だと言われているのだとか、
鰊の群れに、群れ飛ぶカモメ。
夏はよく泳いだものよと、平泳ぎの上手かった祖母が育った増毛の海、
祖母もよかった、よかったと言ってくれているような気がします。
よくよくお礼を言って、宿にもどりました。

お待ちかねの夕食、朝と昼はおにぎり一個ずつだったからお腹はぺこぺこ。
お刺身に、酒蒸し、地元で獲れた甘エビ三昧。
この晩の宿泊は私ひとりだったので、
生ビールの泡の極意を会得しているご主人の一休さんが
美味しい甘エビの食べ方も伝授してくれたりしながら、食事の話相手になってくれました。
増毛で宿を始めた経緯や、その前にいた雄冬のこと、
かわいらしい奥さんや、二人の愛息子ちゃんのこと、旅の話・・
話しながら、飲みながら、食べながら。

タコに手作りハンバーグ、町の自慢のお豆腐。
そして最後に殻つきホタテのバター焼きにご飯をのせて食べました、
増毛の夜は美味しすぎ。
c0114872_1673422.jpg

それからいったんテーブルを片付けて、ご主人のギターの弾き語りの時間です。
花、風に立つライオン・・私もルージュを一曲。
ランプの灯りと、手作りスポットライト、お友達が作ってくれたという譜面台、空には南十字星。
ギターの音色をきくうちに、外からもポタン、ポタンと軒をうつ音、
曇りガラスを開けると、いつのまにか、雪ではなく雨が降っていました。
c0114872_169562.jpg

12時近くに湯たんぽで温まった布団へ。
その夜はしだいに風が強くなり、
時おり大粒のみぞれが屋根をたたき外は大荒れ、昼間の穏やかさが一変です。
でも布団の中の私は、増毛の人たちの温かさと湯たんぽのぬくもりに満たされていました。


時々ゴーという風の音に何度か起こされながら迎えた朝、
外をみるとまだ雨がぽつぽつ降っていたけれど
7時40分発の札幌行きのバスに乗る頃にはあがっていました。
c0114872_1610499.jpg

[PR]
by kisaragi87 | 2010-03-13 16:32 | 旅・散策

増毛 その二 国稀酒造

増毛館のご主人や奥さんには今回の旅は祖母の生まれ育った増毛を歩くことと
もうひとつ祖母の生まれた鰊漁の網本である吉田家のことが何かわからないだろうか
そんな手がかりが何かないだろうかという目的もあるのだと話してありました。

そして、それなら郷土資料室がある増毛元陣屋に行けば、
何かしら資料があるのじゃないかと言われたのですが、なんとこの日は月曜日。
元陣屋はお休みの日だったのです。
明朝は早くに増毛を発つ予定にしてあり、諦めるしかなくがっかりしていると、
国稀酒造さんでも何かわかるかもと言われました。
(国稀という名前の由来も興味深いので、歴史のページにリンクしてあります)
ついでにお酒の試飲もできますよと。

c0114872_5545946.jpg

それで立ち寄った国稀酒造。
国稀酒造さんは、明治15年の創業、
当時鰊漁の好景気が続き、需要に応じて明治35年に酒蔵を新しく建設
日本酒造りと鰊漁がともに栄えた華やかな時代があったのだと思います。
明治30年生まれの祖母、その両親の時代、
まさに国稀酒造さんの歴史とも色々な部分で重なっていると思われ
祝い事の時にはこちらからたくさんの日本酒が買われたこともあったかもしれません。

お店に入ると、酒蔵の見学ですか?と訊ねられ
お店の奥に続く酒蔵へと案内してくれました。
c0114872_5552974.jpg

増毛は暑寒別岳連峰を源とする清らかで豊かな伏流水があり
北前船も飲料水を補給した場所だったとか。
そんな良質な水に恵まれた地で作られた日本酒です。
c0114872_5581469.jpg

いくつか日本酒も試飲させていただきました。
c0114872_5585843.jpg

シンと冷たい空気の酒蔵で味わう日本酒は格別、
日本酒はあまり飲めない私だけど、からだに染み渡るような美味しさです。
日本酒大好きが高じて
とうとう日本酒利き酒師初級の資格までとってしまった夫に飲ませてあげたいなあと
中から二本を選び送ってもらうことにしました。
c0114872_5592323.jpg

色々話しながら、祖母のことなどこの旅の経緯を少し話させていただくと、
それなら鰊漁の歴史をまとめたビデオがあるので見ていきますか?と。
そして説明をしてくれた女性が会わせてくださったのが
創業者がひいひい?お祖父さんにあたるというお嬢さん。

座って熱い甘酒をいただきながら色々なお話をきかせてもらいました。
当時の鰊漁は浜から沖合いまで
幅16メートルくらい、沖に向かって200メートルくらいまでを各網元が買って
そのいわば縄張りのようなところに網をしかけて獲ったとうこと。
みながてんでに網をかけていたと思っていたので
初めて知ってびっくりしました。
それは毎年買いなおしで、たまたま買った場所が
よくとれるかどうかはその時の運しだい、
なので力のある網本は場所を少し離して何箇所も買うということ。
当時内地からも出稼ぎの人がたくさん季節になるとやってきたこと。
鰊漁とともに栄えた酒造りだったけれど
いっぱんの猟師には日本酒は贅沢品だったこと、
にぎわった当時はサイダーがよく売れて増毛にもサイダーを造る工場があったこと。
そして、吉田といえば、ひとつ思い当たる家があると話してくれました。
c0114872_602372.jpg

もしやと思いどきどきしながら話をきいたのですが
よくきけばかなりの大きな網元だったらしく、その後も代々続いたらしいのです。
祖母の実家の吉田家の様子も話すと
それも大きな網元さんだったでしょうねということですが
祖母の代で四姉妹となり、跡継ぎがしだいに途絶えてしまったらしい話と重ね合わせると
どうやら少しくい違いが出てきます。
何しろ明治時代のこと、もう生き字引のような方もおらず
やっぱりそう簡単にわかるはずもないのでしょう。
それでも話の様子からにぎわった当時の増毛の光景が目に浮かび
もしかしたら祖母もこの酒屋さんの格子戸をくぐったこともあったのかもしれないと
そんな思いもめぐりました。

小一時間も話しこんでしまいました。
夏の観光時期じゃなくてよかった、冬の今だからこそこんなにゆっくりお話できたんですよ、
また何かわかったらご連絡しますね、
最初に説明をしてくださったお店の女性、そしてお嬢さん、
私のためにストーブまでつけて
色々資料もめくりながら思い出すまま一生懸命祖母の手がかりをさがしてくださいました。
甘酒のお代わりまでして、二人の笑顔に送られて店を後に。
ほんとうにありがとうございました。
c0114872_611133.jpg

そろそろ夕暮れ時、宿にもどろうかな、と思いつつ
最後にちょっとだけ港のそばまで寄り道してみました。
留萌も増毛も冬の港はまだ寒そうな風景が広がるばかりです。
でも初めての鰊の便りも届いたみたいだし、春はそこまで来ているのだな、
祖母もこの留萌へと続く浜のどこかに立って
鰊船でにぎわう海を見たのでしょう。
夏には青い空を映した海がまたきれいなのだろうと思います。
c0114872_617374.jpg

そして宿に戻ると、もうひとつうれしい報せが待っていました。
[PR]
by kisaragi87 | 2010-03-11 06:21 | 旅・散策

増毛 その一 てくてく

増毛に着いてからまずその日に泊まることになっている駅のすぐそばの
「ぼちぼちいこか増毛館」という宿に行きました。
この宿は昭和七年築の建物をまだ若いご夫婦が
男女別の相部屋ユースホステルスタイルで宿にしたところです。
予約するときに年齢制限はありませんか?と妙なことをきいてしまった私。

そこで荷物を置いてからご主人の一休さんに
地図を広げておすすめ徒歩ルートをおしえてもらいます。
奥さまの純子さんのいれた紅茶も美味しい。

幸いお天気も穏やか、風もなく、寒さもさほどではなく、
足元だけが少し心もとないけれど、
危なそうなところは小刻みすり足で大丈夫と、アドバイスをもらい出発です。

まずは風待食堂の角を曲がり(写真でいうと左に、宿は右手奥)
坂道を上がっていきます。
c0114872_6161586.jpg

下から見上げると大丈夫だろうかと不安になるけれど
車の轍で踏まれていない雪のあるところを上ってみれば案外足元も大丈夫。

しばらくあがると少し年配の女性が降りてきました。
いちおう確認しておこうと、
「すみません灯台はこっちでいいですか?」
そうきくと、
はいはい、こっちで大丈夫、
その上の電信柱のところを左に曲がるのよと笑顔で教えてくれました。
そして、「どこからいらしたの?」と。
埼玉からですというと
まあまあ、この雪の中よくこられたわねえと立ち話になりました。
あれやこれや話すうちに、
「そういえば今日今年初めての鰊船が出たってきいたけど・・」
海の方を見晴らしながらそんなことを言われました。
私も一緒に海をみながら、えっ今日?
鰊船という言葉に見えもしない船を思わず沖合いに捜してしまいました。
そうか、春なんだな、もう鰊漁が始まるんだ。
ちょうど増毛を訪ねた日に今年初めての鰊船ときいて、なんだかうれしくなりました。
ゆっくりしていってね、楽しんでくださいね。
そう温かい笑顔で言われ
写真を一枚撮らせていただいてもいいですか?と別れ際に申し出ると
「あらぁ、だって80歳のおばあさんよ」と照れ照れ。
はにかんだ笑顔がまたすてき。
「80歳なんですか?信じられない!」と思わず言っていました。
お世辞じゃなく、ほんとうに背筋が伸びてピンク色の頬、
それじゃ母と同じくらいのお歳なんだとびっくりしました。
c0114872_6165235.jpg

北国のぴんと冷たい空気がこんなすべすべの肌を作るのだろうか。
大きく載せられないのが残念なくらいのべっぴんさんです。
出だしに出会った素敵な女性、とってもあたたかな気持ちになりました、
幸先がいいなあ。


c0114872_6203410.jpg

増毛灯台は増毛駅裏の高台に建ち、増毛港から留萌湾を一望することができます。
もうちょっと海の見える崖際に行こうとしたけれど、
ここで滑り落ちてもなんだしと断念。

そこから少し引き返し、また角を曲がってさらにのぼり増毛小学校へ。
誰もいない雪道を歩き・・
やがて広い通りに出ると、雪山の向こうに小学校の校舎がみえました。
c0114872_7593086.jpg

増毛小学校は大規模な二階建ての木造校舎で
第2次世界大戦前期都市型木造校舎としては、
北海道に残された唯一の現役校舎です。
c0114872_7144537.jpg

開校は明治11年、この校舎は昭和11に建てられています。
祖母もここの前身だった増毛尋常高等小学校に通っていたのです。
ここが校庭
c0114872_7102941.jpg

こちらが入り口で
c0114872_710562.jpg

こちらが同じく木造の体育館です。
c0114872_7135397.jpg

体育館から子供達の声がします。
こんな木のぬくもりのある小学校、いいなあと思うのは大人のノスタルジーなのだろうか。
今回の旅で幾度か何人かの方からきいたことばに
北海道はあまり古いものにこだわらないということがありました。
そこはフロンティア精神の息づくところ、
歴史ある建造物も意外とあっさりと壊してきたようなのです。
私の泊まった増毛館という宿も取り壊しの話をきいて
今のご主人がかけつけ、宿にして保存に協力なさったとか。
実にこの増毛小学校の校舎も何度か建て替えの計画がもちあがったそうです。
たしかに極寒の地、
よそから来て郷愁でみつめるのと
日々そこで生活するのとでは大きな違いがあると思います。
快適な新築にしたいという気持ちも無理からぬこと。
でも子供達の楽しそうな声を外からききながら、
やっぱりこのたたずまいはいいなあと思いました。
そして増毛の町の方々も愛着をもっておられることも事実なのです。

学校を通り抜けて反対側の坂道を降りるときに増毛の町と海を見ることができます。
c0114872_717534.jpg

坂をころがり落ちないように慎重に歩をすすめていたら
後ろから小学校低学年かなと思われる男の子がじょうずにとんとん歩いてきて
私を追い越していきました。
早引けしたんだろうか、ちょっと声をかけてみたくなったけれど
かわいい後姿をみおくりながらやめておきました。
遠くの山並みにも目をうばわれます。


町に下りてからまた歴史ある建物がならぶ家並みをみながら歩きます。
c0114872_7194879.jpg

どこも雪がうず高く積まれ、
c0114872_7174525.jpg

時おり除雪車ともすれ違います。
雪、雪、雪の日々、春が待ち遠しいだろうな。
c0114872_718213.jpg


そして立ち寄ったのが、日本最北の造り酒屋、国稀酒造。
c0114872_7224255.jpg

[PR]
by kisaragi87 | 2010-03-09 07:27 | 旅・散策

増毛へ

留萌から増毛まで30分あまり、右手に海をみながら走ります。
c0114872_5303988.jpg

通路をはさんだ反対側のおじさんがビールとおつまみを出したので、
私もバッグの中からひとつ残っていたおにぎりを出して
海をみながら食べました。
道南産のいくらの醤油漬け入り。
冷たくなったおにぎりだけど、なんだかとっても美味しい。
c0114872_5311151.jpg

単線非電化の線路の上、
ゴンゴゴン、ゴンゴゴンという列車の揺れが心地よくひびきます。
信砂(のぶしゃ)の手前にトンネルを抜けると
ザーッと列車の巻き上げる雪煙りが窓に吹きつけ
それが融けて雨が降ったように濡れます。
c0114872_5313961.jpg

そしてその小さな水滴がまた外気の寒さにシャーベットのように凍りながら落ちていきます。
30分あまり、増毛が近づいてくる高揚感も手伝って
飽きることなく車窓の風景に見入っていました。

そして終着駅増毛。
ここで線路は終わっています。
c0114872_532945.jpg

増毛は私にとって特別なところです。
幼い頃から祖母の昔語りは増毛か静内のこと。
増毛を語る祖母のことは「鰊場育ち」
という記事に書いたことがありますが
おそらく祖母にとってもそこでの日々が
人生でいちばん思い出深い幸せな時だったのだと思います。
母方の祖母と私は血のつながりはありません。
でも私を育ててくれ、あらゆる意味で色々なことを教えられたかけがえのない祖母です。
増毛を味わうのはこの午後のみでしたが
思いもかけないほど増毛を堪能する半日となったのです。
お天気も持ち直し薄日もさしてきました。

少し快速運転したいので、コメントお休みちゅうです。
[PR]
by kisaragi87 | 2010-03-08 05:39 | 旅・散策

留萌

北海道二日目の朝は6時起床、外は前日とは変わってどんよとした曇り空、
でも雪は降ってないなと確認してから身支度をととのえ、
前夜marronwさんと別れてからコンビニで買ったおにぎりをひとつと、お茶を少し。
今回の食事は夜にのみ重点を置くってことで。

そして札幌駅まで出てバスターミナルで留萌行きのバスの切符を買い、
乗り場をチェックして、そのまま外で待つのも寒いのでふたたび駅にもどってしばし時間調整。
7時58分、月曜日の朝の通勤通学時間、しばらく札幌の朝の雑踏をみてすごします。
c0114872_23332129.jpg


それからターミナルにもどり、札幌発留萌行き8時20分、
乗客は私を入れて10人ほどだったでしょうか、
このバスは札幌から深川を通って留萌まで行く高速バス。
c0114872_23335860.jpg

所要時間はおよそ3時間、トイレもついているので
ゆっくりと外の景色をみながら行くことができます。
ほんとうは函館本線を使って鉄路を行きたいと思っていたのだけど、
なかなか好都合に乗換えができる時間がなく、
またバスで行けば、ちょうど留萌で増毛に行く留萌線との待ち合わせが一時間半あり、
留萌の町も見ることができるぞとこちらのルートを選びました。

途中から高速にのり、バスは快適に進みます。
大きく開けた雪景色が次から次へとつながり、
前日の快速エアポートの時は晴天のせいか雪景色が目に痛いほどだったけど
この日は曇り空のせいでずっと外を見ていても目が疲れませんでした。
江別を過ぎたあたりで遠くの小高い丘陵地におびただしい数の鳥が群れ飛んでいるのが見えました。
見慣れぬ光景に目を奪われていると、数羽大きくうねりながらこちらへ来るものもあり、
よく見るとそれは鳶でした。
いったいあの群れ飛ぶあたりには何があるのだろう、
何のためにあんなに群れ飛んでいるのだろう。
大きな塊になって白い雪原に飛ぶ鳶たちは、
それはとても印象的な光景でした。

高速を降りて深川が近づくあたりから雪が舞い始めました。
時折暗くなったと思うと、サーッと横なぐりの雪が吹き付け、
こんな道を走るのは大変だろうなあと
一冬を雪と過ごす人たちの生活を思います。
明るくなったり暗くなったり、上がったり降ったりを繰り返す風景を飽きずにながめるうち
バス停ごとに少しずつ同乗していた人が降り、
終点留萌に着いたときは、とうとう私一人になっていました。

More
[PR]
by kisaragi87 | 2010-03-07 00:03 | 旅・散策