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ひととせかさね

女房と畳は新しいほうがいい
なんてことを言ったのはいったい誰、失礼な(笑)

一昨日三階の和室の畳の表替えをしました。
家を建ててから初めてのことだから約20年ぶりのこと。
この部屋は夫と私の寝室で、毎日毎日布団の上げ下ろしをし
子供たちが小さな頃は、ここを走り回り、もうボソボソになって
寝転ぶと背中にはケバケバが。
ものいりな年末だけど、ここは思い切って。

女房と畳は失礼しちゃうけど
やっぱり新しい畳は清々しい。
いぐさの香りが部屋中に広がっています。
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窓もピカピカにして、和室いっちょうあがり。
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もうこれで今年はいいかな・・なんちゃって、
そうはいかないけど、あまり無理せずぼちぼちでいいやの年の暮れ。

母が昔浅草の羽子板市で買ってきてくれた羽子板を今年も出しました。
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母が好きだった浅草、
いつもの年なら暮れの酉の市で浅草寺にも寄ってくるのだけど
今年は新型で行きそびれ、
ならばせめて12月の羽子板市にでも寄ってみようかと思っていたら
こちらも旅行の日程と重なり無理でした。
こうなったからには、年初めの初詣にでも行ってみましょうか。
いやぁ・・ものすごい人出だろうなあ。

何はともあれ今年も暮れていきます。
きれいになった窓の外には大根の月、
そろそろ大根なますも作らなくちゃ。
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年内の記事の更新はこれで最後にします。
今年もありがとうございました、
くる年もどうぞよろしく、みなさんも良いお年をお迎えください。
これはついさきっきの空、富士山もシルエットになってみえました。
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文字だけの 中にも通うものがある ひととせかさね 一陽来復
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by kisaragi87 | 2009-12-28 17:00 | 日々雑感

仕事納めに届いた手紙

今日はパートさんだけひと足先に仕事納めでした。
帰ってきたら郵便受けに伯母からの手紙が届いていました。
下の記事が旅行最終記事と思いながら今朝書きかけて
後は写真だけと、とりあえず非公開でアップしていったのだけど
伯母の手紙を読んでこれを最終記事にしようと思います。

今回の旅行の宿泊代はぜんぶ伯母持ちでした。
どうしてもそうさせてという伯母の気持ちだったので、
ありがたく甘えてしまったのだけど、
何か贈りたくて、ちょうどクリスマスだからと
夏にお見舞いに行ったときに今度と約束していた本を送りました。
私も持っている大好きなターシャテューダーの写真集。


c0114872_23434966.jpgそれにさっそくお礼の手紙が届いていたのです。
プレゼントのお礼の言葉のあとに、今回の旅行のことが書かれていました。

先日はほんとうに愉快な小旅行でしたね、
長生きして(これは私が発病したから)こんな組み合わせで出かけられたこと
うれしいことでした。
弟たちや親たちの話も出来て満足でした。
法事の折のみの組み合わせが思いがけない時間を共有できて
おしゃべりの花が咲きました。

そんなふうに続きます。
私の記事を読んでいたのかと思うような文面で、
伯母も同じような気持ちでいてくれたんだとあらためてうれしくなりました。

ちょうど今日のお昼休みにはK子ちゃんからも
職場で美味しいうどんと烏骨鶏のカステラが手に入ったので
明日届くように送るねとメールがありました。
妹も来年の旅を計画中よと言っています。
これはもしかしたらもしかして、ほんとうに定例会になるかもしれません。
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by kisaragi87 | 2009-12-25 23:51 | 日々雑感

いつかまた

翌朝も一番に温泉に入りました。
そして朝ごはん。
二日目も遠く小田原の海が見晴らせるほどのお天気。
これは帰りの車窓からの写真。
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ところで温泉の朝ごはんって、なんであんなに美味しくてたくさん入るのか不思議です。
私とK子ちゃんはご飯をおかわり、妹は伯母さんの食べきれないおかずをペロリ。
チェックアウトはゆっくりめの12時なので
ひとごこちついたあとは、またしばらくおしゃべりです。
前の晩から伯母の横にすわってその横顔を何度かみながら
そこに義父の面影をみていました。
一番下の弟より、義父のほうが伯母と面差しが似ています。
義母のことはここにも何度か書いてきたのですが
義父のことはまだたぶん一度も書いたことがありません。

義父は元気だったら父と同い歳、
夫と七つ違いの私のことは結婚当初からとても可愛がってくれた義父でした。
ただ、こと義母の介護のことになると
ポヤンとして頼りない私に妻を託すのは心もとない気持ちをずっと持っていたようでした。
自分がいなくなったら妻は大丈夫だろうか、
それがいつも義父の気がかりだったようです。
一度だけ義母の介護を通して義父とぶつかったことがありました。
なんで信頼してくれないのだというもどかしさとさびしさで
義父にくってかかりました。
でもある意味義父の心配も図星なところもあったのです。
義父がいてくれることに甘えて、
子供のことにかこつけて義母のことを任せきりにしたこともありました。
そんなことがあってから二年もしないうちに
思いがけずあっけなく義母より先に旅立った義父。
最期まで私に義母を託すのは不安がいっぱいだった様子でしたが
私も生来の意地っ張りが顔をもたげ、ちゃんとやってみせるよお義父さんと、
そんな半ば義父への意地のようなものを原動力に義母の介護を始めたところがありました。
そのうちに義母の天真爛漫な人柄にたすけられて、好きなことが言える間柄になり、
義母とは気持ちが通っていると心から思えるようになったのですが、
なき義父とはどこかに信頼してもらえなかったような
小さなわだかまりが残ったままのところがありました。

今回の旅行で話すうちに伯母がこういいました。
あなたは私にとっの実家のお嫁さん、
ひとつしかない大切な実家の大切な人なのよ。
ここにいる二人にとっても、あなたのところが実家なのよと。
気がつけばみんなそれぞれが嫁ぎ、今の姓を受け継ぐのは
わが家だけになってしまっていたのでした。
名前がうんぬんは、もとよりあまり気にしないほうだけど
伯母にとっては大切な実家の名前なのでしょう。
そうだったんだ・・とあらてめて思いました。
そして、思いがけず義父の言葉もきかされました。
弟はね、あなた達夫婦が結婚してすぐに妻が倒れてしまい
お嫁さんのあなたにはほんとうに申し訳ないことをした、可哀想なことをしてしまったと
いつもそう言っていたのよと。
そういう伯母の顔の中に義父の顔が重なってしまいます。
義父の想いのひとかけでも私はわかっていたのだろうかと、
今回伯母と話しあえてほんとうによかったと、そう思いました。


さああなた達、最後のお風呂入ってきなさいよと伯母にせかされて
まだ入っていなかった、とっておきの露天風呂に三人で行きました。
寝湯という木の枕つきのお風呂に三人並んで寝転びます。
平日、年の瀬、貸し切り風呂♪
上を見ると笹の葉がさわさわと風に揺れて、向かいの山の木も一緒にゆれ、
温かなお湯につかって頬に冷たい風も心地いい。
妹がまたみんなで来ようね、定例会にしようと言い、
私とK子ちゃんも異議なし。

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帰りは往路の恨みも晴らすべく念願のロマンスカーに乗り
同じく念願のお弁当を開き、最後までおしゃべりしました。
定例会はどうなることやらですが、
いつかまたねと言った約束、実現できたらいいな。
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by kisaragi87 | 2009-12-25 08:12 | 旅・散策

おしゃべりの果て夜は更ける

今日はクリスマスイヴ、そして中国語の授業おさめ
明日は仕事納めです、あともうちょっと。
今回の旅は伯母中心で行動しようと、どこも観光はしませんでした。
伯母からは二日目は三人でどこか行ってらっしゃいと言われていたのですが
それよりたまにはゆ~っくりもいいよと意見が一致、温泉三昧。

伯母は今年88歳の米寿になり、春にも親戚が集まって食事会をしました。
数年前に伯父が先立ち、
三人の息子さんたちも心配したのですが
頑として一人暮らしを通しています。
この夏に倒れたときも二階のベッドに向かう途中で異変を感じ、
そろそろと一階の台所に下りて、気丈にもメモ帳に大切な伝言を書き置いてから
一番近い息子のところへ連絡をしたとか。
そして退院後もふたたび一人暮らしをさせてほしいと願い出たとのこと、
幸い後遺症もはた目にはわからにほどしか残らず
最初は見守りも兼ねて宅配給食サービスで食事をとっていたのですが
最近はもう味に飽きてしまい、また毎日決まった時間に誰か訪ねてくるというのも
ありがたい反面気兼ねだと、またおさんどんも始めたそうなのです。

伯母は三人姉弟のいちばん上、
三人年子とはいうものの、早くに母親をなくしているので
まだ多感な年頃の弟達の精神的な母親代わりもしたようです。

昔々の懐かしい写真も旅行に持ってきてくれました。
伯母達の結婚式の写真もありました。
戦時中だったそうですが、伯母夫婦はもちろんのこと、両親や下の弟
話にきいていた聞き覚えのある面々がそろっています。
そこに義父の姿がないのは学徒出陣で満州に行っていたころとか、
その出征の時も「私が親代わりに見送りに行ったのよ」と話してくれました。

この旅では何しろ話して話して話しまくりました。
温泉と食事とおしゃべり、それがこの旅のすべてでした。
小さな土鍋で炊いたご飯、美味しかった♪
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母や祖母をなくして思うのは、
もっと話しておくんだった、きいておきたいこともあったなあということ、
だからこうやって思い出話を、それができるうちにきいておきたいという気持ちがあります。

一枚一枚写真を繰りながら、4人で話が途絶えません。
伯母の母方の祖父が京都の人だったので、
夏になると兄弟そろって京都独特の町屋のような祖父母の家に泊まったこと、
姉弟それぞれの性格の違いなども興味深い話でした。
5、6歳頃の夫の写真も出てきました、なんともかわゆい(笑)
小学校高学年の頃には
一時年子の妹に背を追い抜かされた頃があったそうで弟みたいな顔した写真もあります。
妹もそれをみながら、懐かしそうに笑っていました。
そして従姉妹のK子ちゃんの写真もありました。
おかっぱに下駄をはいてブランコにのっている写真。
K子ちゃんとはこうやってゆっくりと話すのは実はこの旅行が初めてのこと。
法事で顔を合わせてもなかなかじっくりと話す機会はありませんでした。

彼女も一人っ子で、ちょうど20代中ごろでお母さんをなくされ
それからはお父さんと二人暮らし、そのお父さんももう他界されました。
私より少し年上だけど
色々共通することも多くて、今回の旅ですっかり打ち解けてしまいました。
伯母にも、「あなたたちはずっと前からの仲良しみたいに気が合ってるわね」と言われるほど。
朗らかで飾らないK子ちゃんの懐にはすっと入っていけるような気がします。
O型の伯母以外は全員B型、歯止めもかからず話は続き
小説の話や健康のことまで女4人集まれば姦しいを越えてやかましい(笑)
でもころころと楽しそうに笑う伯母をみて、私達もうしかったのです。
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夜中まで話たあとやっと布団に入ってうとうとした頃、
ゴゴゴ・・という地鳴りとともに急にぐらぐらっとゆれました。
それからも、ゴゴゴ・・ぐらぐら・と地震が数回。
これは近くにある富士山でも噴火するのじゃないかと
眠い頭でぼんやり考えながら箱根の夜は更けていきました。
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by kisaragi87 | 2009-12-24 07:51 | 旅・散策

始めよければ?

それはハプニングから始まりました。
出発当日、待ち合わせの一時間前に義妹から携帯に電話、
あれっ?もしかして待ち合わせ時間一時間間違えちゃったかな?
と、ひやっと不安がよぎりましたが
電話に出ると、遅れそうだったのは妹のほうで
電車が遅れて待ち合わせに間に合いそうもないとのこと、
時間には余裕をみていたので、だいじょぶ、だいじょぶ待ってるからと伝え
ひやひやしながらも何とかセーフ。
向かうは箱根、新宿駅で従姉妹とも合流し
小田急線に乗り換えようと思っていたところにアナウンス。
ロマンスカーは信号機の故障で運休しています、まことに申し訳ございません。
え~、運休・・
今回は妹のたっての希望で「サルーン席」という半個室を伯母が予約してくれていたのに、
大きなテーブルつきで、そこでお菓子やお弁当を広げてと算段していたのに・・
なんだか妙な雲行きになってきました。
しばらく様子をみていたのですが、復旧の見通しは立たない模様、
あえなく払い戻しとなり、仕方ないので普通電車で行くしかないと、
泣く泣く小田急線の普通電車に乗り込んだのです。
なんとか伯母の座席は確保できたものの、
あとの三人は立ちんぼ、なんともトホホな出発となりました。

それでも空は快晴、幸い箱根はロマンスカーでなくても行ける距離だったので
まずはみんな元気でいけることになっただけでもよかったよね、と
ああ、残念の言葉を飲み込みながらまずは一件落着となりました。

ロマンスカーなら箱根湯本まで一本で行けるところを
小田原からまた乗り換えて湯本をめざします。
大正10年生まれの伯母がいちばん元気、
この夏に脳梗塞になり、入院していたというのがうそのような健脚ぶりで
キャリーバッグをころころ引きながら、先頭を歩いていきます。
予定より遅れること一時間ちょっと、箱根湯本に到着しました。

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平日の年の瀬ということもあるのでしょうが
関東でも指折りの温泉街のはずの箱根湯本なのに、通りは閑散として
週末だけは開けたりするのかもしれませんが、
シャッターをおろしたお土産屋さんもあちこちに。
旅館に向かう道すがらも営業してるのだろうかという大きな旅館が散在し
かつての賑わいはいずこというような様子でした。

今回の旅行のメンバーは、義父の姉にあたる伯母と夫の従姉妹、
そして夫の妹と私の4人組み。
妹と従姉妹は、伯母にとって二人いた弟のそれぞれの子、実の姪っ子になるのですが
最初に妹から旅行に誘われたときは、
えっ?私が参加していいの?と訊きかえしてしまいました。
職場の友達にも、義理の妹さんや伯母さんと仲がいいんだね~と言われ、
たしかに義母の介護があったためか
夫方の親戚とは何くれとなく会う機会も多かったりして、仲は悪くないのだけど
とはいえ、いうなれば水入らずのような旅に
私が混ざってもいいのかなと思っていたのも事実でした。
なので私だけ話が見えないのじゃないのだろうかとか、
ただの人数あわせかなと思ったのもほんとうのところなのですが
これが思いがけないほど楽しい旅行になったのです。

つづく    

三回ほど記事が続きますので最後にコメントをあけますね^^                                      
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by kisaragi87 | 2009-12-22 08:08 | 旅・散策

今ごろ

無事帰ってきましたが、旅行は最初からハプニングでした。
報告は後ほど。

c0114872_558619.jpgで、帰ってきて気づいたらベランダの諦めかけて諦め切れなかった
ヘブンリーブルーのつぼみがふくらんでいました、
夏から秋にかけて咲くはずの朝顔のなかまで短日植物。
今ごろ咲くには理由があったのですが、咲かずに終わるかと思っていたので
ちょっと、いや、かなりうれしい。

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そしてやっとクリスマスのいつもの飾りつけをしました、
以前は12月になるとすぐだったのに、
だんだん遅くなり、今年はやっと今ごろです。

年賀状も夫が先に始めたので、
私はリストの整理とデザイン決めだけ、
元日に届く期限までに間に合うかな~というところ。
毎年早めにと思うのだけど、これがなかなか。
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by kisaragi87 | 2009-12-21 06:12 | 日々雑感

サンタの集会

サンタが集会を開いていた先週の土曜日。
そろそろ手はずをととのえなくちゃならない頃なんだろうか、
でもって、きょうびのサンタさんはソリを車に乗り換えてのお仕事なのだろうか・・
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なんて思っていたら、ひと足早くサンタからプレゼントが届きました。
今週の木金と温泉につかってきます。
夫の伯母の快気祝いをかねた旅行、
女ばかりの4人旅、ずっと楽しみにしてきたけど
いざ目前になってみると、
なじぇに12月のこの時期なのかと、で、なんで平日なんだろうにゃあと^^;
でもせっかくのプレゼントなので、ゆ~っくり温まってきます♪
モロモロがオセオセなので、週末いっぱいくらいまで休業します<(_ _)>
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by kisaragi87 | 2009-12-15 07:30 | 日々雑感

19歳の覚書き

10代最後の一年を迎えた今日だから
今のあなたを書いておきましょう。

備忘録としての19歳の覚書き。
写真に夢中、4大学写真展のポスター写真に選ばれる。
今は街を歩いて撮ることに熱中。
思い立って旅に出る。
男はつらいよ全作品の知識は呆れるほど。
村上春樹読破中、本はよく読むのに時々日本語が変。
野球をやめて運動をしなくなったからと、
二重飛びの裏技や有酸素運動としての縄跳びのしかたを研究中。
もひとつ野球をやめたからと伸ばしだした髪、
スポーツ刈りのイメージがくつがえって
久しぶりに会った高校の先生がびっくりしてたとか。
月の三分の一は帰ってこない、夏は学校のベンチで寝るのが気持ちいいらしい。
蚊にくわれないのかと心配したけど、
親ならもっと違う心配するのかもしれないね、この親にしてこの子あり。

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土曜日に友達に会いにでかけてきた港町、
ぽかぽかと暖かで、空にはおだやかな雲が気持ちよく広がっていました。
その空をみながら
この街に毎日通っているあなたのことを考えてたのよ。

大きな観覧車の下にはジェットコースターもみえました。
午後の光を受けて観覧車の窓がキラリと光ってみえました。
あそこに座ると傾いていく夕陽や遠くの山も見えるのだろうな、
そして振り返れば海が広がっているんだろうね。
ゆったりと遠くの景色をながめながら進むのもいいし、
ジェトコースターのように風を感じながら目の前のことに夢中になって
走り抜ける時があってもいい。

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19歳はたぶんあなたが思うほど大人じゃないし、
私が思うほど子供じゃないのかも、
色んな自分を探してほしい、色んな人に出会ってほしいと思っています。

未知なる19歳にこんにちはの日、誕生日おめでとう。
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by kisaragi87 | 2009-12-15 07:18 | あなたへ

不思議なお茶会

昨日は中国語の日、
毎週木曜日通い続けて一年とちょっと。
インフルエンザで休むまでは一日も休まず通えたということは
それだけ楽しく勉強ができているのだと思います。

実はこの講座、毎回教室が変わります。
市の福祉センターの一室を借りて開かれるのですが
一回ごとに世話役の方が予約してくれるので
その時に空いている部屋があてがわれて使うことになるのです。
隣の部屋ではコーラスのサークルがあって
素敵な歌声がBGMになったり、
剣舞の会なんて看板の隣だったり。
使う部屋もある時は大会議室、ある時は小会議室
またある時は音楽室。
五線譜が描かれた黒板に先生が中国語を書いていきます。

そして昨日はたまたま調理室でした。
そのドアをあけて先生と笑ってしまいました。
黒板は小さいし、机といえば調理台しかありません。

夏に一度餃子を作って食べる会をしたことはあったのですが
まさか普通の授業で使うことになるとは・・

こんなことなら何か作ればよかったね
なんて先生と話していたら、
「そうだ、今からお茶をとってきます、お茶会しながら勉強しましょう」
と、先生。
それじゃひとっ走りってことで、若い月子先生は走ります。

じきに家から持ってきてくれた中国茶の数々、
金木犀茶、薔薇のお茶、ジャスミン茶二種類、そして今回一番高価だという鉄観音。
ジャスミンも日本で売っているものとは違い
葉がひとつひとつビーズのように丸められているもの、
どれも蓋をあけると、ほんとうにいい香りがします。

もともと調理をするために借りたのではないため
ガスの元栓は開けてくれません、
なんとかと頼んだら、ポットを貸してくれて、給湯室でお湯をもらってくれればいいと許可。
いそいそとお湯をもらい
急須もないので、どんぶりにお茶っ葉を入れてお湯をそそぎ
そこにお皿で蓋をして、
まるでチキンラーメンを作るようにしてお茶を淹れました。

並んだどんぶりの中で茶葉がゆっくりと開きます。
そっと蓋を開けると、ほわんといい香り。
先生持参のお菓子をあけて、4人のお茶会、にわか忘年会の始まりです。

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中国語と日本語が入り混じって
先生の流暢な中国語をヒアリングしながら、雑談も中国語で話すようにします。
調理室で開かれた中国語まじりの不思議なお茶会。
楽しくてあっという間の二時間でした。

いい仲間にも恵まれて、まだ当分頑張れそうな中国語講座ですが
別れ際に先生が、もしかしたら来期は自分は下のクラスになるかもしれないのですとのこと、
大好きな月子先生とのお別れはとてもさびしいのです。
娘ほども歳の違う先生だけど、天真爛漫で、ウルトラ頭がよくて美人、
現役大学院生のそんな先生の大ファンだった私は残念でたまりません。
まだ決定ではないとのこと、
なんとか来期もと願うばかりです。
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by kisaragi87 | 2009-12-11 07:29 | Chinese

叔母からの電話

一昨日の夜札幌にいる叔母から電話がありました。
叔母といっても父の弟の奥さん、
だけど叔母の素朴な北海道なまりをきくと、なんとなく懐かしくあたたかな気持ちになります。
電話の用件はお歳暮のお礼。
お歳暮とは名ばかりで、ほんとうはずっと病気療養中の叔父のお見舞いも行けない
せめてものつみほろぼしのような気持ちで贈る気持ちばかりのもの。
一年に一度暮れぐらいはと思って
叔父や叔母が楽しんで食べられるものを送っています。

父の兄弟は全員で8人いました。
今健?在なのはこの札幌に住む5歳年下の弟の叔父と
わが家から比較的近くに住む父とひと回り違う末の妹の叔母だけ。
叔母は70代になった今も現役で仕事をするくらい元気なのですが
叔父のほうはかれこれ10年近く前から身体をこわして入退院を繰り返しています。
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叔父は子供の頃からの夢をかなえて
札幌の郊外で牧場をしていました。
そもそも父方の家は酪農とは無縁な家系だったのですが
叔父は異端児で、小さな頃からの夢が牛を飼うこと。
あれ?いないね、きっとまたあそこだよと祖母も笑って言うほど、
近くの牧場に行っては牛の下で寝転んでいるような子だったそうです。
とはいえ両親も兄弟も小さな子の一時の想いとあしらっていたのだけど
初志一貫して、牧場をしたいという志は変わらず、
祖父の援助もうけてとはいうものの、とうとう念願の牧場経営を始めたのでした。
一緒に夢を背負ってくれた叔母と5人の子ども、
苦労は多くてもそれはにぎやかで、なにしろ叶えた夢の力で
ひたすら走っているような日々が続きました。

私も小さな頃は札幌に行くと
叔父の牧場で従兄弟達と馬や牛と遊んだこともありました。
よく祖父母の家に絞りたての牛乳を一升瓶に入れて持ってきてくれた叔父ですが
ただでさえ牛乳が苦手だった私は、その絞りたてに閉口したのも懐かしい思い出です。

しかし一代で始めた牧場経営、そんな甘いものではなかったようです、
人のよさも手伝って土地を人手に渡すような事態も発生、
悪いことには悪いことも重なるようで
トラクターに乗った叔父が事故で怪我をして身体を痛めたり
そのたびに祖父や兄弟も手助けしてきたのですが
やがてにっちもさっちもいかないようになりました。

いつしか叔母の腰は90度に曲がり、
叔父も寝たり起きたり状態。
子どもに苦労はかけたくないからと、
5人いた子達も好きな道に進むようにすすめた叔父叔母の言葉で
近くにいて面倒を見るのは札幌に住む長女ひとりだけ、
それも毎日来れるわけもなく、普段はもうよれよれの叔父叔母二人の生活です。

電話口の叔母から
いっつもありがとう、したっけこっちからはなんも送れないのよ、
今年は畑のものもなんも作れなくて・・
ほんとうにごめんね、と申し訳なさそうな言葉。
今までは叔母が細々と作った畑の豆や、豆で作った味噌など
手作りの品が送られてくることもあったのですが
もう叔母の身体もそんな農作業に耐えられなくなっているのでしょう。
叔母さんそんなのぜんぜん心配しないで
ちっとも顔を見せられないからせめてもの気持ちなんだから
叔父さんと一緒に食べてくれればそれだけでいいよ。
遠くなった耳に電話口で大声でいいました。

叔父にももうずいぶん会っていません。
子供の頃に見る叔父の手はスコップみたいに大きくてびっくりしたことがあります。
同じ兄弟の父の手や、もうひとり札幌にいた父の兄の伯父の手は
どちらかというと細長くて骨ばった手なのですが
叔父の手だけは同じ兄弟とは思えないようなごっつくて肉厚の大きな手でした。
風貌も顎鬚をはやして熊のよう、
やはり環境が人の体格や骨格も形作っていくのでしょうか。
子供心にもとてもそれが不思議でした。
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札幌はそろそろ雪が積もりだす頃かな。
やっぱり札幌に行きたいなあ。
叔母の電話の声をきいて、また北海道いきたいど~がぶりかえしました。
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by kisaragi87 | 2009-12-10 07:52 | 日々雑感