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ふるふると

帰ってきてからすぐに仕事ということもあったのですがどうにか家の中も落ち着き、
やっと夢見心地の旅から日常へともどってきたみたいです。

旅立ちは2月21日午前9時45分羽田発のスカイマーク、
往復のチケットと札幌一泊つきの格安セット。
あっという間の一時間20分で、
降り立った時はあまりの早さに北の大地の実感がまだわいてきませんでした。
そして乗り換えたJR北海道「快速エアポート」
天気は上々、窓の外には、前日降ったばかりという
生クリームのようになめらかな雪景色が流れていきます。
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まずは輪厚の叔父のところに寄ってとかねてから思っていたのですが
父からも、東京にいる叔母からも、
気を遣わせるばかりだから、
そして叔父夫婦には今は気を遣う気力も体力もないのだから
今回は遠慮しなさいと強く言われました。
叔父の家の近くを列車が通り過ぎていきます。

ここは北海道なのだよと、
とうとう来たんだねとこころの中で自分に言ってみる。
通過駅で何度か警笛がピーと鳴ると胸がきゅんとして、
あらためて北海道の大地を走っているのだと実感したとき、
心がふるふるとふるえました。

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ここから始まった三泊四日の旅、
ずっと念願だった増毛行きも叶い、友達にも会うことができ
いくつもいくつも書いておきたいことがあります。
今回は一人旅ゆえの気ままさを堪能、
列車に乗りながら、あるいはバスにのりながら
そのときに感じたことなども、メモしたりしました。
自分のためにも書いておきたいいことがいっぱいなのですが、
職場の移転にともない、私の早朝のブログタイムもなかなか工面がつかなくなってきました。
短い記事、長い記事、
コメントも開いたり閉じたりしながら、記事も長旅になると思いますので
気長に気が向いたときにお付き合いいただければうれしいです。

それでは、北の大地に。
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by kisaragi87 | 2010-02-27 17:20 | 旅・散策

ただいま

昨日の夜北海道から無事に帰りつきました。
初日にいきなり二回すべって転んだけど、さらさらの雪はポンポンとたたけば落ち
雪だるまにならずにすみました^^
それからは初日の体験を教訓に雪歩きも上達、無事に帰りました。
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何もかも語りたいし、何も言葉にならないような。
私の大切な旅になりました。

まだまだ余韻にひたっていたいけど、たっぷり休ませてもらったので今日から仕事、
そして送り出してくれた家族にも感謝でまずは家の中から手をつけなくては。
みなさんの記事も読み逃げ中、旅の記事ももうちょっと待っててください。
北国紀行、ぼちぼちぼちぼち。
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by kisaragi87 | 2010-02-25 06:12 | 日々雑感

雪だるまの冒険

明日から北へ進路をとり旅に出ます。
三泊四日のひさびさの一人旅。
再三父を誘って叶わなかった旅の計画だったけど
それなら私だけでもとずっと思ってきました。
リラの咲く季節にという想いはあったのですが、
仕事も三月からだし、中国語も今は来期の前のお休みだし、子供たちは休みだし・・
夫にも行っておいでと背中を押してもらって決めた今回の旅。
決めてから急遽今月半ばからの仕事となったけど
今なら休みやすい時期だからと決行です。

今回は札幌で友人に会う約束のほかに
父の生まれた留萌、祖母の生まれた増毛をまわってくる予定。
留萌は駆け足だし、お天気しだいで予定変更もあるかもしれませんが
母の故郷静内を訪ねてから30年、
今回父と祖母の生まれたその地を訪ねて
少し大げさだけどある意味私のルーツの旅の完結です。

なんて言いながら一人珍道中になりそうな気配もするのですが、
この計画をしてから急にまた父がやっぱり行くかな・・なんて言いだしました。
さすがにこの時期はきびしいと思われ、
もしかしたら気候がよくなった頃
一番行きたいと言っていた釧路に行くことになるかもしれません。
これまたあまり期待しないで待つつもりだけど
つい先日釧路にいる父の友人から
思いがけない電話があったのもきっかけだったらしいのです。
そして今回の私の旅が後押しになればそれも嬉しいこと。
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夕べ父が昔の戸籍謄本をもってきてくれました。
懐かしい札幌の北一条の住所のもの。
私も結婚するまではここが本籍でしたが、
その後父も遠くて不便ということで、今住むところに戸籍を移し
もう札幌の戸籍は幻となってしまいました。
そこには父の生まれた留萌の住所も明記されています。
祖母の戸籍が記された除籍のさいの謄本もありました。
今回これを持っていきなさいと父、
落としたらどうすんのよお^^;

ガイドブックも持たない今回の旅
下調べも追いつかず、かなり形の見えないものになりそう、
あいた時間に行く先もまだ流動的です。
留守中のこともまる四日も家をあけるので、
嫁入りしてきた糠床娘のことや、赤いべべきたかわいい金魚のこと、
ジャングルみたいな観葉植物など気がかりはあるものの、
くどくどと家族に言い置き、明日早朝に出発します。

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今朝の空。
ずっとぐずつき気味だったお天気もやっとよくなり暖かくなるらしい・・
と思ったら雪国に出発です。
お返事ができないので、米欄は閉じてでかけますが
帰ってきたらまたお土産話をきいてくださいね、
雪だるまにならないように祈っていてください。
かの地が舞台の本をおともに、行ってきます(^.^)/~~~
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by kisaragi87 | 2010-02-20 09:04 | 旅・散策

準備中

一昨日と昨日は仕事が休みでしたが、いろいろバタバタしています。
バタバタといっても、ちょっとワクワクとした準備なのでご心配なくですv(^^*)

今日と明日は出勤、
そんな今朝は雪でいつもより早めに家を出ました。

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曇ったガラス窓の向こうの雪景色。
今年はほんとうによく降ります、
でも昼過ぎにはお日さまも顔を出しました。
ワクワクの一件は、土曜日にでもお知らせします♪
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by kisaragi87 | 2010-02-18 21:48 | 日々雑感

第4の顔

ちょっとしたお礼で図書カードをいただいたので、
今日は仕事が早めにあがったから、帰りに本屋に寄って
ひさびさに本を少し買い込んできました。
今は本もネットで簡単に買えるので、どうしてもこの本と決まっているときや、
子供たちの大学で指定された参考文献とか
図書館ですら簡単に見つからないものもあったりする時は
ほんとうに便利だなあと思うけれど、
やはり本屋さんにしかない空気や、
平積みされた新刊や文庫を見てあるくのは楽しいものです。

そんな中に「私がおすすめしたい作家」ベスト10というコーナーがありました。
読者のWEBアンケートの結果をまとめて選ばれたものらしいのですが
中には最近すっかりはまってしまった村上春樹の初めて読んだ本
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」や
ああ、この人も入ってるんだとちょっとうれしくなった
森見登美彦の「太陽の塔」という本もありました。
妄想族の私には、日本ファンタジーノベル大賞もとったこの本は
日常と非現実が奇妙にリンクしながら愉快に広がっていく世界や
若い頃の妄想と苦悩もリアルに感じられ楽しく読むことができた本です。
ほかは「夜は短し歩けよ乙女」しか読んでいないけれど
これからももう少し読んでみたいと思う作家のひとりです。

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ところで、この作品に象徴的に出てくる「太陽の塔」といえば、
もちろんあの大阪万博のシンボルだった岡本太郎氏の作品の太陽の塔
実はこの太陽の塔には過去、現在、未来の三つの顔のほかに
もうひとつ顔があったというニュースをこのあいだききました。
それが、当時地下の展示室にあったという地底の太陽。
この第4の顔が万博終了時に保存対象から外れ、
そのまま行方不明になってしまっているらしいのです。
行方不明といっても、この 「第4の顔」は中心部に直径約3メートルの顔、
左右に約5メートルずつのコロナが伸びて全長13メートルにもおよぶもの。
解体して運んだと思われるのですが
こんな大きなものがいったいどこに行ってしまったのでしょう。
誰かに引き取られたのか、壊されたのかさえ不明で
ここにあったらしいとか、あそこで見たとかいう話も定かではない模様、
今年は万博40周年、ぜひこの第4の顔も展示したいということで
このたび捜索願いが出たらしいのです。

大阪万博は私が小学校6年生の時に開催され、
たまたま大阪に姉妹校があったため、6年生の希望者は見に行くことができました。
大きなホールのような学校施設に布団を並べて一泊した夜を思い出すけれど
あれから40年なのだなあと思いつつ、
私はこの地底の太陽を見た記憶がまったくありません。
一日では回りきれないほどのパビリオンがあったので、
ほんとうに見ていないのかもしれないけれど
こんなぞんざいな扱い方をされているということは、
もともとの太陽の塔じたい、当初は解体ありきで作られたものだったのでしょうか。
第4の顔は人間の根源的な精神世界を表しているのだとか。
どこでどうしてるのかなと、知りたいような一方
かえってこのまま行方知れずのほうがロマンがあっていいような気もします。
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by kisaragi87 | 2010-02-15 17:47 | 日々雑感

春の手紙

その人は白いコートを着て、井の頭公園を歩いていた。
変わらないなあ、
テレビの画面をみながらそう思った。
半月ほど前にBSで放送された大貫妙子 ピュアアコースティックライブ2009 。
この夜は午前1時までの放送だったけれど、ついつい最後までみてしまいました。

10代の頃から大好きなシンガーソングライター、
いちばん好きな曲は「突然の贈りもの」だなってずっと思っていたけど
このコンサートをきいたあとで
なぜかここでは歌われなかった、「夏色の服」だと最近思いました。

独特の感性に満ちた詞とメロディーや
媚びずに自分のスタイルにこだわるところに魅かれた人だけど、
出逢ったのが自分自身いちばん多感な年頃だったということもあるのかもしれません。

コンサートの映像の合い間に井の頭公園でのインタビューが入ります。
出会った意味をいつも考える、
出会いがすべて。
番組の中で語る言葉をききながら
ああ、やっぱり変わってないな、やっぱり好きだなと再確認しました。


時が過ぎても ほんとうのことを
知りたいと思う時があるの
めぐる季節を私は見てる
心に芽生える新しい春を待つように





画面大きくできたワン♪
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by kisaragi87 | 2010-02-13 10:21 | 日々雑感

歩いて走って日は暮れて

昨日は新しい社屋での初仕事でした。
当初の予定よりも少し早くでしたが、二月はまだ毎日ではなくて
三月からじきに本格始動のようです。
職場の名称も変わって、今まで他の場所でバラバラだったいくつかの部門が合同になり、
広いフロアが上半分透明な間仕切りで仕切られています。
今までいちばん使いにくかった狭い机とガタガタと背もたれがゆれる椅子も一新、
それが何よりうれしかったりします。

でも変わったのは机と椅子ばかりじゃなく、
仕事のシステムも一新。
ここまで慣れてきた手順や覚えてきた作業はまた一から覚えなおし、
硬くなった頭にどれくらい早くたたきこむか、
いつも一番手早い上司までため息ついてるのだもの、
私には問題山積のスタートになりそうです。
昨日も5時まで根をつめていたら、さすがにドッと疲れ、目の下には熊さん。
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実は目の下のくまには、もうひとつ訳があったのです。
というのも昨日のでがけ、
持ち物もぜんぶ点検して、初日は自転車で少し早めに出ましょうと
階段をおり外に出て自転車の鍵を出そうと思ったらない!
え~このバッグのこのポケットに入れたはずなのに・・
さぁ、ここで迷いました。
3階にもどって、鍵を探してから自転車を飛ばすか、
しか~し、万が一鍵がすぐにみつからないとなると、
それから歩いて行くにはどうにも時間が足りない。
マイカー出勤は禁止。
少し時間を早めにしたから、ここで決断して歩き出せばなんとか間に合うはず。
ぐずぐずためらっている時間はありません。
よしっ、歩く!
自転車のかごから、手提げバッグと、お弁当の入った袋を取り出すと
わき目もふらずに歩き出しました。

初日は新社屋の案内もかねて上司が玄関で待っていてくれる算段になっていました。
時計は午前8時半、以前に早歩きで時間を計ったときにかかった時間はおよそ25分、
上司との待ち合わせが8時45分。
ということは10分ほど短縮して15分で歩かなければならない計算になります。
あの時だって早足だったんだよな・・
これはちょっとアブナイナ。
ついに軽いランニング状態になりました。
少ししんどくなると、歩き、またランニング、
なぜにこのような状況に陥らなくてはならないのかと
自分の準備のマヌケさを悔いても遅いというもの。
歩いて走って、歩いて走ってをくりかえし。
約束の時間にはほんの少し遅れてしまったけれど、
当初かかった時間を5分以上短縮してなんとか到着しました。
ぜいぜい言いながら駆け込んできた私を見て「どうしたの!?」と上司、
事情を話すと大笑いです。
朝は厚着をしていたから、胸をつーと汗がつたうのがわかります、
毎度のことながら、なにやってるんだろうの初日となりました。

仕事を終えての帰り道、みんなは自転車でお先に失礼~♪
やれやれと歩く道は春のようなおだやかさ。
昨日の最高気温は21度、黄昏時もまだ昼間の暖かさがいっぱい残っていました。
そういえば5時をまわっているのに、いつの間にかすっかり日も伸びて
西の空がまだ明るく夕暮れ色に染まっています。
ついこのあいだまで5時といえば真っ暗だったのになあ、
そんなことを考えながら、少し春めいた黄昏を歩いて帰りました。

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by kisaragi87 | 2010-02-10 19:00 | 日々雑感

雪癖

雪癖なんて言葉があるかどうかしらないけれど、
一度降ると、続けて降りだすことがよくあるような気がすします。
関東地方は先日降った雪の翌日にも続いて雪が降りました。
にわか雪があるかもしれないという天気予報は出ていたけれど
夕方には夕陽も顔をだしていたので、
台所の窓にひらひらと舞う雪の影を見た時は唐突な感じがして驚きました。

外を見ると前夜にも増して激しく舞う雪。
見る間に隣の畑の雪が融けたばかりの土の上にまた雪が降り
白く上書きされていきます。

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雪の少ない地方だからか、雪の降った日にあった出来事や
雪降る町に行った時の記憶は印象深く刻まれているものもあり、
雪の降る様と一緒に記憶の一ページに記されています。

小さな頃、まだ小学校にあがる前の冬に父と一緒にでかけた札幌。
祖父母の家に一週間ほど滞在し、今日帰るという日に大雪になりました。
その頃祖父母の家はまだ北大の近くの古い二階建ての家で
私はその家が大好きでした。
もう帰らなければならい名残惜しさに通りに向かう部屋から窓の外を見ていました。
後から後から舞ってくる雪は大きなぼたん雪、
真冬の粉雪じゃなかったので、春も近い頃だったのかもしれません。
大きなひとひらひとひらが、
灰色の空から後から後から舞い降りてくる様子は今も目に見えるようです。
その後函館で吹雪に見舞われ、連絡船がとまって足止めになり
湯の川に一泊しました。
よほどの大雪だったのでしょう、
初めて遭った吹雪、タイツの足に当たる雪が痛くて泣き出し
父が街角の建物を風除けにしてズボンをはかせてくれたことを憶えています。

そして初めての大恋愛をした23歳の頃、
雪が降ってるね、そんな他愛ないことが言いたくて恋人にかけた電話に
うん、降ったね、じゃあ会おうか、と思いがけないデートになったことがありました。
喫茶店でおしゃべりしているうちにすごい雪になってきて
帰れなくなりそうなほど積もっていました。
でもなんか嬉しかった突然の雪とデート。

それから数年後、ずっと一緒にいたいと思う人に出逢いました。
そして結婚が決まり、
父と結婚の準備で家具を見に行った日も雪でした。
結婚前後のこのあたりのことは手帳にこまごまと記されているのですが
書き始めがちょうど立春からになっています。

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その数日後、私の中に芽生えていた小さな命を断った日の前夜も雪でした。
このあたりの心の葛藤も言葉少なに記してあります。
そしてそれからひと月と少し、三月の末に
風に舞う雪の中、父の背中をみながら歩いたのです。


降りしきる春の雪の中
父と二人で家具を見に行った。
白く白く雪は風に流され
父の背中と、雪に残る足跡をみながら歩いた・・

二月のことも、どこかにまだ色濃く残り
父と歩いた日のことは手帳に三ページにわたって書かれていました。

手帳をみるとこの年も何度か雪が降ったみたい、
雪癖ってやっぱりあるのかもしれないと思います。

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今日もまた絹ちゃんと東京タワーの見えるお寺まで行ってきます。
今週はぽかぽかの陽ざしの日もあるとか。
今日も暖かくなりそうです、
いつもの梅も開いているかもしれません。
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by kisaragi87 | 2010-02-08 08:48 | 思い出ぽろり

つられて「サンド・アート」

ブログのお友達のところで紹介されていました。
ひとりの女性によって、砂に命が吹き込まれ、
命をふきこまれた砂が語り始めます。
まだ見ていないあなたに。



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by kisaragi87 | 2010-02-06 19:29 | 日々雑感

22歳

今日は娘の22歳の誕生日。
4年間通った大学もこの春で卒業となります。
娘は教育学部で小学校教諭になるための勉強をしてきました。
ずっと憧れてきたはずの小学校の先生、
そしてたまたま一昨年の秋に自分で探してきた
教育特区の小学校教諭の師範館に幸運にも合格をし
大学に通うかたわら、週末はその師範館での実習と勉強を続けてきました。
そこでの実習を受けるということは小学校の先生になる切符を手にしていたということで
ほぼ進路は決定していたわけです。

ただ、そこで学び実際に子ども達と向き合ってみて
自分の中であらたな葛藤が生まれてきたようなのです。
独自の教育理念に基づいた師範館の教育を受ける中で、
二度にわたるフィンランド行き、
中でも二回目では実際に教員補助の仕事もしながら得てきたことや
まだ未完のことなどが、次々と自分の中での問いかけが出てきたのです。
悩み迷っている様子ははた目にももちろんわかりました。
娘の口からも色々迷ったこと、
そして師範館をやめて一年間アメリカに行きたいと思っていることなど
自分なりに考えた気持ちが伝えられました。
言っていることの理屈は通っているし、その気持ちもわかるものの、
みすみす教師への切符を手放すかもしれないときいた時
正直言って、これで社会人になってくれると安心していたところだったので
手放しで了解するわけにもいきませんでした。

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どんな仕事だって、自分の理想どおりにいく訳もなく、
もしかしら当座の問題を先送りしているだけなのじゃないか、逃げなのではないか、
夫と私と娘、三人でいく度もいく度も話し合いました。
そしてまた師範館の先生方からも私達と同じ大人の意見があったようです。

でもさんざん自問自答して得た答え。
若い時だから挑戦できることもあるのは事実だし
後からああしておけばよかったと後悔が残るよりはと、
そのための資金もアルバイトでほとんどためてあるとの話ををきき、
そこまでして決めたことなら少し遠回りをしてもいいじゃないかと、
家族で応援してあげようということに決めました。
実際二つのアルバイトを掛け持ちし、自宅から二時間かかる通学も続け
おまけに週末の実習も続けてきたわけですから、
親といえどもいったい誰に似たのやらの、その頑張りには驚いていました。
高校の部活からアルバイト、今まで投げ出さずに続けてきました。
ならば、ここで決めたことは、けして投げ出したわけではないよね、
私達にもそう思えたのです。

そんな紆余曲折を経て娘が決めた春から一年のアメリカ行き。
アメリカの学校で、補助教員として一年間実習をする試験を受け
昨年の秋に合格の報せが届きました。
いわゆるインターンシップのようなことなのですが
生徒の家にホームステイしながら地元の中学校で日本語を教える補助教諭となり、
わずかながらお給料も出るようです。
日本の教育現場で色々な経験をさせてもらいながら
直面した現実と、自分に何ができるんだろうというジレンマ、あまりに規制の多い実態。
二度のフィンランド行きのことを併せ考え、
今度はアメリカの教育を経験しながら英語力も鍛え、
その経験を日本で活かしてみたい、そんな気持ちになったようです。
もちろんまだその先のことは、はっきりと見えていないともいえます。
一度先生をしてからという方法もあったし、すすめもしたのですが
早いうちに行っておきたいとの希望で迷いに迷って決めたこと。
一年間は顔を見られなくなりそうだけど
自分で決めたことだから振り返らずに頑張ってほしいと思います。

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娘は小さな頃からこうと決めたら一人でも行動するところがありました。
赤ちゃんの頃も、砂場にじっとすわって砂遊びをするよりも
あちこち歩き回るのが好きで、
私が公園友達を作りたくてほかのお母さんと話し始める間もなく
トコトコと歩いて冒険を始める娘。
砂場で遊ぶ我が子を囲んでおしゃべりするお母さん達がうらやましくて、
喜々として歩きまわる娘をうらめしく思った日もありました。

それから弟が生まれ、祖父母との同居も始まり、
いつしかいつもがんばり屋のお姉ちゃんの肩書きが娘のトレードマークになっていました。
時に私の愛情が弟のほうに多くそそがれていると思い
複雑な気持ちを私にぶつけてきた日々もありました。
それでも外ではけして泣き言を言わずにみんなのお姉さんになり、
頑張らなくていいことまで引き受けて、貧乏くじひいて、家で泣く日もありました。

でもちゃんと培ってきたものもあったようです。
人との繋がりもやっとここにきて実を結んできているのがわかります。
うんと遠回りをして、人の何倍もかけても大切な何かがみつかるならそれもいい。
最近は弟ともとても仲がよくて、
二人のやりとりが楽しく心地よくきこえてきます。
夕べも12時をまわった頃、息子がプレゼントの写真集を渡していました。

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つい先日卒論の最終発表会も終え、最後の授業も終わりました。
塾のバイトも今月いっぱいで終わり、コーヒーショップも来月いっぱいでおしまい、
大学4年間、ほんとうによく頑張ったね。
それでもあなたはこれからもじっとせず、
小さな頃のまま、トコトコと歩いていくのでしょう。
恋人と祝う誕生日はいつになることやらだけど
今夜はバイト先のみんなが祝ってくれると出かけていきました。

22歳おめでとう。


写真はフィンランドのトゥルクで娘が撮ってきたものです

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by kisaragi87 | 2010-02-05 21:35 | あなたへ