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今週の顛末

今週はまったく冴えませんでした、
まずは風邪引きから始まった日曜日、やっと喉の痛さもきえた一昨日
来週から花粉が尋常じゃなく飛び出すとのニュース。
今はほとんど症状がないものの
早めの方がいいと思い、薬をもらってきました。
いつもは自分の勤務する病院の内科から貰うのだけど
ちょうど以前突発性難聴にかかったときにお世話になった耳鼻科
その近くへ行く用事があったので、ついでに寄りました。
なるべく眠くならないようにと思って、
微妙な薬の調整も耳鼻科のほうがしてくれるかと思ったのですが
これが大きな誤算。
この薬、一昨日から飲んだら眠いの眠くないのって・・
無理にでもからだを動かしていないと、とろけちゃいそうです。
あまりの眠さに、いけないのだろうけれど昨日から薬を勝手に夜だけにしました。
薬が強すぎるのか、からだに合っていないのか、
次回はもっと軽い薬に変えてもらうつもり、
パソコンに向かっていても、カックンカックン
労働意欲も、更新意欲もきれいさっぱり。
とはいえ、そろそろ更新しなくちゃなぁと思いつつ・・
娘ともひさびさに口喧嘩、どうも冴えない今週の顛末でした。


今日は私の愛する青函連絡船就航100周年の日だそうです。
なので北海道関連ってことで
今日はもうひとつのブログにかつて書いた記事を転載します。
またまた手抜きですみませぬ。
今日は気分転換にちょっとでかけてきます。
来週から気合入れて、再開するつもりなので、よろちくぴ^^




札幌は北海道出身の両親が出会ったまち
子供の頃は、たびたびでかけましたが、
後に引っ越した郊外の家よりも、私が好きだったのは、
北大のそばの北一条というところにあった古い家でした。
私が小学校の頃は、飛行機で行くことよりも
列車と青函連絡船を乗り継いで行くことの方が多く
遠かったので、そう頻繁には行けませんでしたが
一番印象に残っているのは小学校2年生の夏休み、
当時仕事を変えてしばらく休みがとれた父と
二人で2週間ほど札幌の祖父母のところへ行った時のことです。

私は一人っ子、長旅で退屈しないようにと
父は車窓を流れる風景をスケッチして描いてくれたり
乗り継ぎで時間がとれた青森ではいったん外へ行き町を歩いて回ったり
函館からの列車では、大好きなサイダーを買ってくれたのですが
なぜか飲み慣れた 『三ツ矢サイダー』 ではなく
ライオンの絵のついたラベルのサイダーで、甘さが、ちょっとしつこく
少し口をつけたまま飲みきれなかったことを憶えています。
ずっと窓から入る風を受けながら外を流れる景色を見ていたこと
薄緑の瓶のサイダーがきれいだったこと
あんなに昔のことなのに、こんなにはっきり憶えているなんて
ほんとうに不思議です。


札幌での2週間は、古い家で過した最後の思い出になりました。
古い階段や使われていない二階の幾部屋かを見ながら
ここで若かった父や伯父、叔母たちが過したのかと思うと
幼いなりに感慨深かったような気がします。
父や祖母と一緒に大通りや北大の植物園へ遊びに行ったりもしましたが
父が用事で出かけた日は、二階の部屋を独り占めして
大好きな本を飽きることなく一日中読んだり
近所のロバパンへお使いにいったり
そこのお店で、髪が長いのねぇとほめてもらったり
祖父の薬をとりに、小さな町医者までお使いにやらされたり
わくわくと楽しいことばかりの2週間でした。


ただ、その時にひとつだけ、
今もちょっと心にチクッとする思い出があります。
その頃私は、お尻に届きそうなほど髪が長かったのですが
その髪を祖母に三つ編みしてもらうのを嫌がったことです。

同居していた母方の祖母にはいつも結ってもらっていましたし
もしかしたら、一度結んでもらった時に
きつくて痛かったから、嫌になったような気もするのですが
つまらないことははっきり憶えているくせに、
この時のことだけはうろ覚えで、8歳の頭で何を思ったのか
今考えても、どうしてだかさっぱり理由はわかりません。

父に三つ編みにしてくれとせがみ、うまくできない父をみかねて
祖母がしてくれると言うのに、嫌だの一点張り
とうとう、長い髪をほどいたまま過したみたいです。
なんて可愛げのない、強情っぱり(笑)
私がその時の父ならば、
せっかくたまに会ったおばあちゃんなのだから
三つ編みしてもらいなさい、と言い聞かせるでしょうに
父からも、そのことで叱られた憶えはありません。
すっかりほどいた髪でニコニコと祖母と写っている写真はあるので
祖母が嫌いだとか、そういう理由ではなかったようです。


それからも数年に一回ずつでかけていましたが
新しい家になり、祖父母も伯父家族と同居になったりで
それほど印象深い思いはなくなっていました。
そして、小2の夏から10数年後の夏に
北海道一人旅をしました。
この一人旅は、母が亡くなったあとに
母が生まれた静内をどうしても訪ねたくてでかけたものです。
函館、静内を泊まり歩き
最後に千歳から飛行機で帰るという行程だったのですが
札幌に寄る時間はないからと祖母に連絡だけすると
当時80歳を過ぎていた祖母が、空港まで駆けつけてくれました。
気をつけて帰りなさいね、という祖母から渡されお土産は
なんと生ケーキの入った箱。
しばらくぶりに会う大人になった孫娘に
何をあげたらいいのかきっと迷った末のことでしょう
今から飛行機で帰るのに・・と思いつつ
祖母の気持ちがありがたくて、ありがたくて、
また三つ編み事件のことを思い出していました。


その翌年、私の結婚を見届けに
東京まで出てきてくれた祖母。
式の後に叔母や父たちとの温泉旅行を楽しみ、その4ヵ月後
あっというまに、遠くの国へ行ってしまいました。
とうとう、あの時はごめんなさいと言えずじまい
おばあちゃん、あの時はごめんなさい、と
今ごろここで言ってみたりします。
そして懐かしい、札幌の古い家を思い出しています。
by kisaragi87 | 2008-03-07 09:57 | 思い出ぽろり
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